姉は元乃木坂46衛藤美彩 箱根駅伝を終えた國學院大主将の葛藤 | FRIDAYデジタル

姉は元乃木坂46衛藤美彩 箱根駅伝を終えた國學院大主将の葛藤

義理の兄、西武ライオンズの源田壮亮の熱いメッセージを胸に走った木付琳の4年間

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「姉ありきで注目されているところもあり、僕自身、選手としてもっと大きくなりたかった」。レース後、悔しさをにじませた木付琳主将(写真:アフロ)

正月恒例の第98回箱根駅伝で國學院大は、総合8位で4大会連続のシード権を獲得したが、目指していたのは初の総合優勝。誰よりも悔しさをにじませたのは、主将の木付琳(きつき・りん)だった。実姉は元乃木坂46の衛藤美彩、義兄はプロ野球西武ライオンズの源田壮亮。メディアに親族の話題を取り上げられることも多いが、3年生からは主将を務め、今年度はエース格として出雲駅伝2区で区間賞を取るなど結果も残してきた。それだけに最後の箱根路でのブレーキは想定外だった。

出走者全員に個別メッセージを送った「気配りの主将」

復路の7区で苦悶の表情を浮かべ、懸命に腕を振っていた。湘南の海風が吹く平塚中継所に飛び込んでくると、冷たいアスファルトの上にバタリと倒れ込んだ。木付琳の足は、びくびくと痙攣していた。意識もほとんどない。タスキをつなぐのが精いっぱいだったのだ。復路の流れをつくる働きを求められたが、チーム順位を6位から10位まで下げることに。区間順位も20位。仲間たちに肩を抱かれて待機テントに戻ると、必死に声を絞り出した。

「主将としての仕事を果たしたかった。その思いでいっぱいです。これがいまの自分の実力、自分の弱さだと思います。本当に悔しいです。前田康弘監督が信じて任せてくれたのに……。後半まで足がもちませんでした」

左アキレス腱を手で押さえ、思わず苦笑した。大会まで1カ月を切った12月上旬、急に痛みが走った。3年生から主将を務め、今年度は初めて総合優勝の目標を掲げ、チームを引っ張ってきた自負もある。ここで足は止められない。医師に相談し、練習からレース当日まで痛み止めを打ち続けた。思うようにケガが回復しないときも、チームメイトたちに不安な素振りを見せるわけにはいかない。むしろ、仲間への気配りは絶対に忘れなかった。

箱根のレース前日には、往路と復路の出走メンバー全員に個別でメッセージを送り、急きょメンバーから外れた島﨑慎愛にも電話を入れた。

「最後までいいムードで迎えたかったので」

それでも、東京五輪で金メダルを獲得したアスリートの先輩として、義兄として、尊敬する西武の源田にはずっと相談していた。いつも的確なアドバイスをくれ、レース前には励ましのメッセージをもらう仲である。まるで実兄のように気にかけてくれている。復路の前日、当日にも源田の言葉に背中を押された。

「いままではキャプテンとして、チームのことを考えてきたと思うけど、最後は自分のためにも走れ。どのような結果になっても、いままでやっていたことは変わらないよ」

2019年、釜山国際映画祭に参加した衛藤美彩(中央)。左は仲村大賀(写真:アフロ)
釜山国際映画祭に参加した衛藤美彩(中央)

高校卒業後、入寮する際に連れてきてくれた姉

痛みは1週間前に消えていたが、不安がなかったと言えば、嘘になる。『やることはやったから大丈夫だ』と自らに言い聞かせ、自信を持ってスタートラインに立った。

心の支えとなっている実姉の存在も大きかった。

「最後の箱根で姉に成長した姿を見せたいという思いもありました。これまでは姉ありきで注目されているところもあり、僕自身、選手としてもっと大きくなりたかった。その思いはモチベーションになっていました」

地元の大分東明高校を卒業し、上京して陸上部の寮に入るときも姉に連れて来てもらった。主将の重責に押しつぶされそうなときには「しっかりしなさい」と活を入れられた。姉の言葉は、常に胸に留めている。

『最後は気持ちだよ。リンくんなら大丈夫、私の弟なんだから』

ただ、強いメンタルを持ってしても、立ち行かないこともある。不運だったのは、チームにアクシデントが重なったこと。復路の区間配置が決まったのはレース前日。当初、木付は10区を予定していたが、副主将の島﨑が故障で欠場を強いられ、当日のエントリー変更で急きょ7区へ。オーダーを組んだ前田監督は渋い表情を見せながらも、先頭に立って引っ張ってきた主将を慮った。

「最後に重たいものを背負わせてしまったかな。『絶対にやります』という木付の言葉を聞き、『心中しよう』と思いました。起用を決めたのは監督の私です。『ダメだ。代える』とは言えなかった。彼の努力もあり、総合優勝を口にできるチームになってきたのもあります。走らせてあげたかった。でも、勝負の世界は無情。物語はハッピーエンドだけではないんです。木付には今後、この経験を生かしてほしい」

大会の喧騒が落ち着いた大手町に姿を見せた木付は、恩師の言葉を聞くと、静かに頷いていた。一緒に泣いて笑った仲である。2人の信頼関係は揺るぎない。最後の箱根から学んだことは人生の厳しさ。大学卒業後は、実業団の『九電工』で競技を続けていく。

「これからの人生、きっと良いときばかりではないと思います。悪いときこそどうするのか。何ごとにも動じない精神力を鍛えていきたいです。もう1度、1年生の頃のような真っ白な気持ちで挑戦したいと思います」

今春以降、関東から遠く離れた故郷の九州で新たなストーリーを紡いでいく。心残りは大学時代によく通っていた西武ドームで野球観戦できないことくらいか。ゴールデングラブ賞に4度輝いた実績を持つ義兄の源田に負けないくらい長距離ランナーとして、成長していくつもりだ。

実姉の夫、源田の試合観戦にいった木付。良き相談相手であり、偉大なアスリートの先輩として、今後も背中を追っていく(木付琳選手のツイッターより)
  • 取材・文杉園昌之

    1977年生まれ。サッカー専門誌の編集兼記者、通信社の運動記者を経て、フリーランスになる。現在はサッカー、ボクシング、陸上競技を中心に多くの競技を取材している。

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