「男だろ!」の喝が、箱根連覇狙う駒大では時代錯誤にならない理由 | FRIDAYデジタル

「男だろ!」の喝が、箱根連覇狙う駒大では時代錯誤にならない理由

来年の箱根駅伝を占う今年最初の「前哨戦」で見えた王者の強さの裏側

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今年の箱根駅伝で13年ぶりに総合優勝を果たした直後の記者会見にのぞんだ駒沢大・大八木弘明監督(写真:共同通信)
今年の箱根駅伝で13年ぶりに総合優勝を果たした直後の記者会見にのぞんだ駒沢大・大八木弘明監督(写真:共同通信)

今年1月の箱根駅伝で総合優勝を飾った駒澤大学は最終10区の前にあった3分以上の差をひっくり返す大逆転劇だった。レース展開と同様、逆転の呼び水となった62歳の名将、大八木弘明監督による「男だろ!」のカツも話題となった。

先日、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗前会長が「女性蔑視」と受け止められる発言で辞任を余儀なくされるなど、言葉の使い方をひとつ間違えれば“炎上”する時代に、この「いちフレーズ」だけを切り取れば、令和の時代にそぐわないのかもしれない。それでも今年27年目を迎える大八木監督の下には東京五輪マラソン日本代表の中村匠吾を筆頭に、その情熱的な指導を求めて選手が集まってくる。その理由を追った。

学生長距離界のエースにも激怒する厳しさ

3月14日に東京・立川市で開催された日本学生ハーフマラソン選手権は今年の箱根駅伝に出場した選手が多数参加し、来年の箱根を占えるレースで2位となり、FISUワールドユニバーシティゲームス2021(旧ユニバーシアード競技大会)の出場権を得た鈴木芽吹(1年)も大八木監督に魅せられた一人だ。

「高校生のときに大八木監督と直接話す機会があり、駒澤大ならもっと強くなれると思い、進学を決めました」

名門の長野・佐久長聖高時代から全国高校駅伝などで名を馳せ、長距離界では知られた存在だった。かつて佐久長聖を率いた両角速監督が指導する東海大の門を叩く選択肢もあっただろうが、厳しいイメージの残る駒大を選択。大学に入学してからも着実に力をつけている。箱根では山上りの5区で区間4位と好走した。

そして、今回の学生ハーフマラソンではレース中盤に箱根の3区で区間賞を獲得した同学年の東海大・石原翔太郎に競り勝つと、終盤には驚異的なラストスパートを見せて、5位から2位まで順位を上げてフィニッシュした。強い向かい風が吹く最後の直線で仕掛ける作戦が功を奏したこともあるが、力を振り絞れたのは精神面が大きかったという。

「大八木監督から『駒大は歴代、ユニバーの出場権を取ってきたんだ。絶対に3位以内に入らないとダメだぞ』と言われていたので。レース後には『やっぱり伝統の力は強いな』と声をかけられました」

3月14日、東京・立川市で開催された日本学生ハーフマラソン選手権で2位に食い込んだ駒大・鈴木芽吹(撮影:杉園昌之)
3月14日、東京・立川市で開催された日本学生ハーフマラソン選手権で2位に食い込んだ駒大・鈴木芽吹(撮影:杉園昌之)

風にも負けぬ強さを発揮した19歳の笑みには充実感がにじんでいた。大八木監督には日頃から勝負にこだわる姿勢を徹底して植えつけられている。ただ、外部の人間が想像する“鬼軍曹”のような存在ではない。双方向でコミュニケーションを取り、個別に練習メニューの相談もする。

トレーニングも科学的だ。鈴木の場合、高校を卒業したばかりの昨年は故障のリスクを考え、段階的に練習量を増やし、少しずつ長い距離にも適応してきた。勝負に対して厳しい一面はあり、そこは学年関係なく、生半可な結果では認めてもらえない。大学駅伝デビューとなった全日本大学駅伝の3区で25人中、5位になったときもそうだった。

「『まだまだだな』と言われました。でも、あのくらいの走りで褒められても、逆にこちらが困りますから。僕ももっと走れたと思っています」

駒澤大の他の選手たちも「大八木監督から直接ほめられることはほとんどないです」と口をそろえる。むしろ、厳しく叱責されたことを胸に留めて、成長の糧にしているのだ。今年度から駒澤大の新主将となり、学生長距離界のエースとして君臨する田澤廉(2年)は、苦笑しながら振り返っていた。

「昨年9月の全日本インカレ10000mで日本人トップ(全体4位)になったのですが、留学生に途中でついて行けずに負けて、激怒されたんです。でも、理不尽な怒り方だとは思いませんでした。日頃から『目指すのは世界だ』、『留学生に負けるな』、『実業団選手に勝て』と言われていましたから。あのとき、監督の本気度がすごく伝わってきました」

思いのこもった言葉は響くのだろう。駒澤大の絶対的なエースが、もうひと皮むけたのはそのあとである。11月の全日本大学駅伝ではアンカーで2人を抜いて優勝テープを切り、12月の日本選手権の10000mでは実業団選手に交じって27分46秒09秒の好記録で8位に食い込んだ。今年1月の箱根駅伝でもエースが集まる“花の2区”で7人を抜いて総合優勝に貢献している。

「僕はさぼり癖があるので、大八木監督のように厳しく指導してくれるほうが、自分には向いていると思います。だから、駒澤大を選んだのもありますから」

駒澤大の門を叩くのは、高校時代に華々しい実績を残したエリートだけではない。叩き上げで上り詰めていく選手も少なくない。近年では2018年卒の工藤有生(現コニカミノルタ)、2019年卒の片西景(現JR東日本)は全国高校駅伝の出場経験がなく、大学で急成長して、駒澤のエースと呼ばれるまでになった。

箱根駅伝の10区で逆転し、優勝に導いた駒大の石川拓慎(右手前)に声を掛ける大八木監督(左奥)。前を行く首位・創価大を射程圏内にとらえた20キロ付近で、運営管理車からの「男だろ!」でスイッチが入った
箱根駅伝の10区で逆転し、優勝に導いた駒大の石川拓慎(右手前)に声を掛ける大八木監督(左奥)。前を行く首位・創価大を射程圏内にとらえた20キロ付近で、運営管理車からの「男だろ!」でスイッチが入った

「男だろ!」と言ってほしかった……

今年1月の箱根6区で区間賞を獲得した花崎悠紀(3年)も、努力ではい上がってきたタイプ。富山商高時代はインターハイに出場しているが競技は競歩。大八木監督には「下りの素質がある」と勧誘され、自信を持って入学したものの、学生三大駅伝(出雲、全日本大学、箱根)の出走チャンスをつかんだのは3年生の冬である。それでも、そのデビュー戦で大八木監督も目を丸くする快走を見せた。6区のラスト3キロ付近。運営管理車から興奮して叫ぶ声が聞こえた。

「行け、行け、区間賞だ!」
表情をゆがめ、必死に腕を振っていたが、花崎はある言葉を待っていた。

「『男だろ!』と言ってほしかったのですが、僕のときは出なかったですね。箱根であれを直接聞きたくて、ずっと楽しみにしていたのに……」

本人は茶目っ気たっぷりに回想するが、箱根路のスタートラインに立つまでは苦労を重ねた。マイペースで気が強い花崎は指揮官から激しく叱責されたことは一度や二度ではない。10000mのタイムトライアルで自己ベストを更新し、少し満足してしまったときのことは忘れられない。夜の静かな寮に怒鳴り声が響いた。

「『そんなタイムは誰でも出せる』と言われて、『俺だってやったんだよって。よし、ここから見てろよ、もっとやってるからな』と大声で啖呵を切ってしまって……。大八木監督からは『じゃ、見てるよ!』と言われたんです。そこから僕のスイッチが入り、必死に頑張りましたね。いまとなっては感謝しています。僕にとったら、“第2の父”のような存在です」

ひとつ間違えば選手と監督の間に溝ができてしまうような話だが、実際は大八木監督が選手の個性を見極めながら練習方法を変えるなど、熱血漢あふれるエネルギーの裏にある繊細さが選手にも届いているのだ。大八木監督の隣でストップウォッチ片手に練習からレースまで多くの時間をともに過ごしてきた青山尚大主務(4年)はしみじみと言う。

「厳しい言葉にも愛があり、まるで息子のように選手たちに接しています。レース中の声掛けも『男だろ』ばかりが取り上げられますが、選手のキャラクターによって、変えています。カツだけではなく、励ますこともありますので。普段から選手たちのことをよく見ているからこそできることだと思います」

大八木監督は時代に合わせて、選手たちとの接し方を柔軟に変えてきたことを認めている。いまの選手たちはのびのびと走っている。選手寮のアットホームな雰囲気が伝わるインスタグラムを見れば、風通しの良さが窺い知れるはずだ。駒澤大学陸上部公式アカウトのフォロワー数は2万8000人を誇り、一般ファンだけではなく、寮に子どもを預ける親御さんから進路を考える高校生ランナーまでがチェックしている。

学生三大駅伝で史上最多の23勝に携わった指導者の情熱に魅了され、今春もまた有力な新入生たちが続々と入部してくる。市立船橋高からは世代トップクラスの佐藤条二をはじめ、能力のある選手たちが顔をそろえた。

今季も名伯楽は時代を越えた愛のあるカツを飛ばし、勝負強いタレントを育てていくはずだ。

  • 取材・文・撮影杉園昌之

    1977年生まれ。サッカー専門誌の編集兼記者、通信社の運動記者を経て、フリーランスになる。現在はサッカー、ボクシング、陸上競技を中心に多くの競技を取材している。

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