『世界の車窓から』35年間の秘話と「一番いい風景を」のこだわり | FRIDAYデジタル

『世界の車窓から』35年間の秘話と「一番いい風景を」のこだわり

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アルゼンチン、パタゴニアの大地を走る蒸気機関車、オールド・パタゴニア急行。愛称は「ラ・トロチータ(小さな機関車)」/『世界の車窓から』より
アルゼンチン、パタゴニアの大地を走る蒸気機関車、オールド・パタゴニア急行。愛称は「ラ・トロチータ(小さな機関車)」/『世界の車窓から』より

突然だが、あなたは国の名前を106個言えるだろうか? なかなか難しいかもしれない。

これまでに106カ国の鉄道を取材し、放送回数も今月7日の放送で10727回を数える「伝説の鉄道番組」が、『世界の車窓から』(テレビ朝日系列、毎週月・火よる11:10~(関東地区))だ。

番組の名前を聞いただけで、頭の中で「あのテーマ曲」が再生されるという人も多いかもしれない。

「長寿番組」には必ず、その番組が長年かけて作り上げてきた「面白い秘伝の技とこだわり」がある。

1987年6月の放送開始からまもなく丸35年。「伝説の鉄道番組」のプロデューサーにインタビュー取材させていただいたところ、テレビマンの私でも想像がつかないような面白いエピソードが次々と飛び出してきた。

現在放送中の『タイ~常夏の楽園と古都を巡る旅~』より、ロッブリー駅の風景。ロッブリーは「遺跡の街」として知られる、歴史ある都市だ/『世界の車窓から』より
現在放送中の『タイ~常夏の楽園と古都を巡る旅~』より、ロッブリー駅の風景。ロッブリーは「遺跡の街」として知られる、歴史ある都市だ/『世界の車窓から』より

取材に答えてくれたのは、『世界の車窓から』の制作を担当するテレコムスタッフ株式会社の水谷久美プロデューサー。鉄道好きでもあるテレビマンの私が、最も気になっていることからぶつけてみた。

「鉄道って、撮影許可をもらうのがとても難しいですよね。軍事機密になっていたりもするし……これまでに撮影できなかった国ってあるんですか?」

この質問をしたのには理由がある。実は、私自身鉄道の撮影ではこれまでにとても苦労した経験があるからだ。一般視聴者にはあまりピンとこないかもしれないが、鉄道会社はほとんど撮影許可というものを出してくれないのだ。

誰もが毎日使うような日本の「あの鉄道会社」ですら、「安全上の理由」や「お客さまの迷惑になる」といった理由で、ほとんど駅構内や列車内での撮影は認めていない。

水谷プロデューサーは「よくご存知ですね」と微笑みながら、こう答えてくれた。

「私たちは、“鉄道があって、撮影できる国”はほとんど撮影しました。そういう国の中で、まだ撮影していない国で思い浮かぶのは、北朝鮮・コロンビア・アルジェリア・ナイジェリアくらいでしょうか。

おっしゃるように軍事機密にあたるというような理由で、警察に尋問されたりするようなことはたまにあります。20年以上前のことですが、中央アジアのある国で、橋を撮影していて通報されたことがあります。だいたい、旧ソ連の国々は厳しいですね。

ですので撮影する時には必ず撮影許可証を持っていきます。それでも線路脇で撮影していて『黒いかたまりを持ったアジア人が何かやっている』と、不審人物に思われて通報されたこともありました」

アフリカ南部、ザンビア共和国の鉄道で/『世界の車窓から』より
アフリカ南部、ザンビア共和国の鉄道で/『世界の車窓から』より

通報されないまでも、列車の本数が少ない国の線路脇で、列車を撮影するために「待つ」のは非常に大変だという。

南米やアフリカなどでは一週間に1〜2本しか列車が来ないこともあり、トイレや食べ物を買う場所もないところで、3日待つこともあるそうだ。

このため、撮影クルーは必ずアウトドアの装備でロケに臨み、まるで登山に向かうかのような格好になるという。

ホテルは事前に決めず、撮影場所から近いところを現地で探して“飛び込み”で泊まることもある。昼食は泊まったホテルでランチボックスを作ってもらうことが多いが、簡単な鍋などを持っていき、自炊することもあったという。

「私自身、アルゼンチンの何もないところで列車を待っていたら、地元の人がやってきてお茶や食べ物をいただいたことがありました。こういう経験がとても嬉しいんですよね」

アルゼンチン、パタゴニア。荒涼とした景色が広がる/『世界の車窓から』より
アルゼンチン、パタゴニア。荒涼とした景色が広がる/『世界の車窓から』より

1回のロケの期間は約3週間。撮影チームの編成は、コロナ前には基本5人だったという。日本からディレクター・カメラマン・VE(ビデオエンジニア)の3人。それに現地でコーディネーターとドライバーが加わる。

「撮影のキーパーソンは、実はドライバーなんですよ」と水谷プロデューサーは明かす。

ひとつの列車を「中・外・上空」の3つの視点から撮影するのが原則。機材は大量になるため、列車に全て持ち込むことはできない。そして、撮影の性質上、次から次へと移動していくことになる。撮影クルーは必要な機材だけを持ち、残りの機材は車に積んで「列車に並走」することになるのだ。

ドライバーの土地勘が何より大切。そして、ベテランドライバーになると「列車に並走しながら、絶好の撮影ポイントを探しておいてくれる」のだという。

南フランス、アルル。ひまわり畑の中を走る、ゴッホゆかりのアルピーユ列車/『世界の車窓から』より
南フランス、アルル。ひまわり畑の中を走る、ゴッホゆかりのアルピーユ列車/『世界の車窓から』より

「機材は軽くなりましたよね。ずいぶん便利になったのでは?」と聞いてみると、水谷プロデューサーから「そういう意味では一番便利な機材は、Googleマップかもしれません」と意外な答えが返ってきた。

ドライバーが探しておいてくれた「撮影ポイント」と、クルーが列車に乗りながら見つけた「撮影ポイント」。これを如何に効率よく回れるか、が撮影の成否を分けるポイントになってくるわけだが、Googleマップの登場でこの意思疎通が劇的に速くなったそうだ。

かつては、撮影する国に到着したらまずその国の地図と時刻表を必ず買い、それを見ながら場所の見当をつけていたという。

しかし国によっては地図はかなり曖昧なものしか売られておらず、「遠い」とか「近い」とかいう感覚も現地のドライバーと日本人のクルーとでは違う。そんな状況下で「あの場所へ行ってくれ」と正確に伝えるのはかなりの難しさだったというのだ。

私の感覚だと、海外ロケにはトラブルがつきものだが、この番組は優秀なコーディネーターと、優秀なドライバーたちに恵まれ、これまで大きなトラブルや事故に巻き込まれたことはないという。

「私が経験したのは、ガーナで、乗っていた列車が脱線してしまい、近くの村まで機材や荷物を持って歩いたのと、ブラジルの観光列車で、大きく揺れた時に三脚が列車から落ちてしまい、終点まで行ってから戻ってきて見つけた、ということがあるくらい」だそうだ。

運転席を撮影中のクルー。「最もよくあるトラブル」は、途中駅のホームに降りて撮影中に、そのまま列車が発車してしまい取り残される「乗り忘れ」なのだという/『世界の車窓から』より
運転席を撮影中のクルー。「最もよくあるトラブル」は、途中駅のホームに降りて撮影中に、そのまま列車が発車してしまい取り残される「乗り忘れ」なのだという/『世界の車窓から』より

「技術の進歩で機材が軽くなった」という意味でいうと、どうやら他の番組に比べれば、その恩恵はあまり受けていないようだ。そこにはこの番組特有の「画質へのこだわり」がある。

「私たちがこだわっていることは、番組スタート当初からあまり変わっていません。

『世界の車窓から』という番組タイトルそのまま、世界の車窓から見える風景をそのまま切り取ってお伝えすることです。その場所の一番いい季節の、一番キレイな風景を、キレイな画質でお伝えしたい、というそれだけです」

今ではテレビ業界では使うのが当たり前になっている、GoProなどのミニカメラはほとんど使わない。業界で「Dデジ」と呼ばれる、ディレクターが撮影した映像も使わない。ドローンも、列車に並走させるのが難しいというのもあって、あまり使ってこなかった。

あくまで、撮影はカメラマンが高性能カメラで行い、「1ロケ1空撮」ということで、ヘリコプターを飛ばして空撮を行う。そうすることで、あの旅情を誘う高画質が実現しているのだ。

オーストラリアのキュランダ観光鉄道。ケアンズの周辺に広がる、世界遺産の熱帯雨林を走る列車だ/『世界の車窓から』より
オーストラリアのキュランダ観光鉄道。ケアンズの周辺に広がる、世界遺産の熱帯雨林を走る列車だ/『世界の車窓から』より
ピレネー山脈を走る山岳列車、プチ・トラン・ジョーヌ。標高1500mを越す絶景が楽しめる/『世界の車窓から』より
ピレネー山脈を走る山岳列車、プチ・トラン・ジョーヌ。標高1500mを越す絶景が楽しめる/『世界の車窓から』より

「駅や列車にいる地元の人たちの表情も素敵ですよね、何かコツはあるのですか?」と聞くと、「まず撮影してから、撮影許可をもらう」ということと、「まず遠くから撮影してから、徐々に近づいていく」ということの2点を心がけて、人物の自然な表情を撮るのだという。

こだわっているのは、「映像」だけではない。「音」にもこだわっている。

テレビ番組で使う音楽は、通常「音響効果マン」に選曲してもらう番組が多いのだが、『世界の車窓から』では、取材ディレクターが現地で買ってきた音源CDを、ひとつひとつ権利処理をして使っているという。こんな面倒臭いことをしている番組はかなり珍しいのではないか。

そして、石丸謙二郎さんが読むナレーションも、放送作家には頼まず、すべてディレクターが現地で見て感じたものを、自ら文章にしているという。こうしたこだわりが、「現地の空気」をそのまま日本のお茶の間に伝えているのだと、私は思う。

ラトビアにて。お墓参りに行くという乗客/『世界の車窓から』より
ラトビアにて。お墓参りに行くという乗客/『世界の車窓から』より
ルーマニア、窓から笑顔を見せる子供たち/『世界の車窓から』より
ルーマニア、窓から笑顔を見せる子供たち/『世界の車窓から』より

さて、そんな「伝説の長寿鉄道番組」である『世界の車窓から』にとっても、近年のコロナ禍は「最大のピンチ」だったようだ。

海外取材ができず、2020年の6月から2021年の10月末まで1年半、「ベストセレクション」ということで過去の作品を再編集して放送することでなんとか急場をしのぐこととなったのだ。

現在は、海外のカメラマンやコーディネーターに撮影を依頼し、「リモート」で新規の撮影を再開しているが、まだまだ試行錯誤の状況だという。

「リモート撮影は難しいですね。ディレクターの大切さに気がつきました。

私たちの番組の売りは“ガイドブックに載っていないものを発見する面白さ”だと思うんですが、それって“日本人の感覚でディレクターが発見してくるもの”なんですよね。そこの国に住んでいる人の目線だと、少し違うんです。

これまで私たちは、筋書きも台本もない状態で現地に行って撮影していましたが、発想を変えて台本をあらかじめ作って現地の人に頼んでみたりもしたんですけど…なんだかイメージと違うものになってしまって…わざとらしいんですよね。まだまだ試行錯誤しています。

ただ、ベストセレクションを作るために古い番組をもう一度見直して、番組の良さにも改めて気がつくこともできました。配信も開始しましたので、ぜひ皆様にもご覧いただけたらと思います」

コロナ禍で、海外旅行に行きたくても行けないことをストレスに感じている人もきっと多いだろう。そんな今こそ、ぜひ『世界の車窓から』を見てみてはどうだろうか。そこに「舞台裏のテレビマンたちの苦労」を感じてもらえたら、また違う視点からも楽しんでもらえるのではないだろうか。

そして、これから『世界の車窓から』が試行錯誤を経てどのような「新しい世界の車窓」を見せてくれるのかも、テレビマンとして私はとても楽しみにしている。

スイス、観光列車ゴールデンパス・パノラミックのパノラマ車両/『世界の車窓から』より
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スイス、インターラーケン・オスト駅を出てすぐのアーレ川にかかる橋を渡る、ツェントラル鉄道/『世界の車窓から』より
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フランス、サント・マリー高架橋を走るモンブラン急行。モンブランの麓にあるリゾート地、シャモニー・モンブランへと向かっている/『世界の車窓から』より
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アメリカ、大陸を横断するカリフォルニア・ゼファー号/『世界の車窓から』より
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スペイン、小説『ドン・キホーテ』の舞台となった地、カンポ・デ・クリプターナの風車群/『世界の車窓から』より
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アメリカ、コロラド州。標高4301メートルの山、パイクス・ピークの頂へと向かう登山鉄道、パイクス・ピーク・コグ鉄道/『世界の車窓から』より
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モンゴル、大草原を駆け抜ける列車/『世界の車窓から』より
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フランス、夏の地中海沿いをマルセイユへ向かう/『世界の車窓から』より
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ボリビア、サンタ・クルスからキハーロまで、熱帯の地を走る列車/『世界の車窓から』より
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チリ、ワインの名産地を目指す観光列車、ワイントレインの車内にて/『世界の車窓から』より
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  • 取材・文鎮目博道/テレビプロデューサー・ライター

    92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教関連の取材を手がけた後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島取材やアメリカ同時多発テロなどを始め海外取材を多く手がける。また、ABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」、「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、放送番組のみならず、多メディアで活動。江戸川大学非常勤講師。MXテレビ映像学院講師。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究、記事を執筆している。近著に『アクセス、登録が劇的に増える!「動画制作」プロの仕掛け52』(日本実業出版社)

  • 写真提供テレビ朝日・テレコムスタッフ

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