元デイリースポーツ社記者、時事通信社編集委員

谷川 俊規

<figure id="attachment_270353" aria-describedby="caption-attachment-270353" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1a53861c"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/2020052002411.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270353" class="wp-caption-text">高校３年だった1985年夏、甲子園を沸かせたＰＬ学園高校野球部の清原と桑田（右）。３か月後のドラフトは「事件」とまで言われた（写真：共同通信）</figcaption></figure>
プロ野球ドラフト会議は20日に東京都内で行われる。大学生に逸材が多い年といわれているが、指名が重複した際の結果も含め「誰が、どこへ」の興味は尽きない。
今年指名されるであろうどの選手も生まれていないと思われる、1985年のドラフトは今でも語り継がれている。この年の夏まで甲子園を沸かし続けたPL学園の「KKコンビ」桑田真澄、清原和博のドラフトを巡る騒動だ。のちに「KKドラフト事件」とまで称されたこの時、PL学園の記者会見場にいて、桑田が巨人入団を決断するまで父・泰次さん（故人）を追い続けた元デイリースポーツ記者・谷川俊規氏が当時を振り返る。
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<h3>清原へのラブコールを隠さなかった巨人・王監督</h3>
1985年11月20日。大阪府富田林市のPL学園にはゆうに100人を超える報道陣が待ち受けていた。だが彼らは桑田真澄ではなく、清原和博が目当てだった。
２人は名門PL学園で投打の主力として１年夏から活躍し、この３年間、高校野球の枠を超えてアマチュア野球全体を賑わせてきた。ただ高校卒業後の進路については、桑田は「早稲田大学進学」を打ち出し、プロ野球関係者と接触できるようになる退部届さえ出されていない状態。逆に、清原は「巨人、阪神に指名されたらプロ」と明言していた。
ドラフト前日の11月19日も、清原は報道陣の囲み取材に対応し、「巨人、阪神以外は考えていません」と改めて明言したのに対し、桑田は「（翌日のドラフトで１位指名されたとしても）記者会見はしない」という意向がPL学園を通して発表されただけだった。
そして迎えたドラフト当日。近年は午後５時から行われているが、当時は午前10時開始だった。記者会見場に設置されたテレビから流れてきた、今は亡きパンチョ伊東さんが発した「読売　桑田真澄　17歳　投手　PL学園」の声。「読売」と「桑田真澄」の間に一瞬の間があった。100人を超える報道陣が詰めかけたPL学園の会場が騒然となった。入社１年目の私は「家族から情報をとってこい」と上司から言われ、その日から当時、大阪・八尾市にあった桑田の実家通いがはじまった。
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新聞スクラップなども参考にしながら37年前を振り返ってみるとこうなる。
ドラフト２日前の11月18日に巨人のスカウト陣は東京都内でスカウト会議を行い、報道陣には「１位を清原で行く」とは明言していない。それどころか、１位が投手なのか野手なのかも明言しなかった。
さらに桑田を１位指名する可能性については翌11月19日付の日刊スポーツに担当スカウトのこんな発言が記されている。
〈彼は50人の枠から外してあります。いや、そうではなくて、外すというより、頭の中に意識は置いている〉
「桑田は指名しない」ときっぱり言い切っておらず、どこかに含みを持たせていた。
さらに同19日の紙面には、当時の巨人・王貞治監督のコメントも掲載された。この年３位に終わり、宮崎秋季キャンプで取材に応じた王監督はこう明かしている。
〈清原が夏の甲子園で見せたあの強烈な印象は、そう簡単に消せるものではない。清原回避？　それは来年確実に10勝できる即戦力投手がいればのことだね〉（1985年11月19日付　日刊スポーツ東京版１面）
当時の社会人出身でドラフトにかかった即戦力投手はヤクルトに指名された伊東昭光、広島に指名された長冨浩志だったが、王監督は２投手の変化球のコントロールの良さを評価した上で「来季は中継ぎで使えるかどうかだろう」とほのめかしていた。同日の日刊スポーツの紙面には「清原和博君へ　努力」という直筆のサイン色紙が掲載され、少なくとも現場のトップである王監督は、清原へのラブコールを隠さなかったのだ。
そんな状況下で起きた巨人の「桑田１位指名」。桑田、清原がいた当時のPL学園野球部に巨人のスカウトの息子がいたため、「そのスカウトと桑田の父親の間でもう話はできている」という“密約説”が新聞紙上に飛び交った。
<div data-friday-nextpage-lead="王監督が新聞を通して送った清原への直筆サイン"></div>
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<figure id="attachment_270354" aria-describedby="caption-attachment-270354" style="width: 4032px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="e1a70d54"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/IMG-6395.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270354" class="wp-caption-text">ドラフト会議前日の1985年11月19日付の日刊スポーツ紙面。王監督が清原宛に書いた「努力」の色紙も掲載された</figcaption></figure>
ただ冷静に考えると、巨人が桑田を指名しなければいけないチーム事情があった。1985年に優勝した阪神や広島と８月まで上位を争っていた巨人だが、以後、槇原寛己の離脱や江川卓、西本聖の不調などで投手陣がガタガタに。人気も高かった定岡正二が近鉄とのトレードを拒否して引退するなど、ゴタゴタした事情があった。対する打撃陣はチーム打率、得点ともにリーグ２位。投手陣の早急な立て直しが覇権奪回のチームの補強ポイントだった。
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<h3>「巨人の１位指名を断る者などいますか？」</h3>
桑田が「早大受験断念、巨人入り」を表明するまで、私が桑田家通いをしたのは３日間。だが、振り返ると10日間ぐらいあった感覚だった。それは2010年１月に亡くなった父・泰次さんと２人だけの濃密な時間を偶然持つことができたからだった。
夜討ち朝駆けは記者の基本。インターネットなどなかった当時、「巨人との密約」をいわれた桑田家の前は、翌朝の新聞の最後の締め切りとなる深夜１時まで、各社の記者がたむろしていた。泰次さんは毎日１回、報道陣の合同取材に応じていたが、桑田が早大進学を貫くか、巨人入りに傾いたのか、という点については「本人の希望通りにしてあげたい」ということ以上は多くを語らなかった。
新聞各紙の締め切り時間が過ぎると一斉に報道陣は解散となったが、私は数時間後の午前５時から６時過ぎに再び、桑田家の近辺にいた。私以外の記者は皆無だった。そして、泰次さんは、早朝の時間帯に毎日、少年野球の練習が行われているグラウンドへ向かっていた。
おそらく、それは泰次さんの日課で、息子の桑田氏が騒ぎに巻き込まれても、全く変えなかった習慣だったに違いない。11月後半、やっと日が出て練習できるかなというぐらいの明るさの中、泰次さんとグラウンドへ行くのが私の日課となった。
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11月21日、名刺を渡して挨拶したときは何も語ってくれなかった。翌22日もほとんど話してもらえなかった。その日の日中、桑田はPL学園で中村順司監督や野球部長らと話し合いの場を持ち、「早大受験、巨人入り断念」の方向で動く方針が決められ、翌23日の紙面でも報道されていた。
巨人入りを断念して早大受験を決めたのか。スポーツ紙が一斉に報じた11月23日早朝、少年野球チームのメンバーらが練習の用意をしている時、それまでほとんど沈黙を守っていた泰次さんの方から、私に語りかけてきた。
「谷川さん。巨人の１位です。野球をやってる者で巨人の１位指名を断る者などいますか？」
どぎまぎした私は「いないと思います」とだけ答えると、泰次さんは「野球をやっていて、巨人に１位指名された。断りますか？」と再び続けた。その時点では、桑田はまだ早大進学か巨人と交渉するか、自分の意思を表明していなかった。『これが答えだ』と確信した。
インターネット速報に読者が群がる今であれば、スクープになっていたかもしれない。だが、残念ながらそうはならなかった。それはまさに私が泰次さんに話を聞いたその日の夕方、桑田が早大進学断念を表明したからだった。
<div data-friday-nextpage-lead="巨人入りを決めた直後、桑田は何を語ったか"></div>
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<figure id="attachment_270355" aria-describedby="caption-attachment-270355" style="width: 2500px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1a7375a6"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/d3bc3ed0b79f7ed01091cb8820688fdc.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270355" class="wp-caption-text">2010年1月19日、父・泰次さんの告別式で号泣する桑田（写真：産経新聞社）</figcaption></figure>
<figure id="attachment_270356" aria-describedby="caption-attachment-270356" style="width: 2058px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="a100df04"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/63e1ab718664e42dbc323e765b40009b.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270356" class="wp-caption-text">2010年、静岡県浜松市の自宅火災で焼死した桑田真澄の父・泰次さん（写真：産経新聞社）</figcaption></figure>
翌11月24日、デイリースポーツには桑田と報道陣のこんなやりとりが書かれている。
――桑田君、今の心境はどうですか？
〈自分の初志を貫徹しました。巨人１位なら行くし、それ以外なら早稲田に行くと決めていた〉
――進学、進学と言い続けてきたのはどういうことか？
〈新聞で西武やヤクルトなども指名すると出ていたし、巨人だけにまさか指名されるとは思わなかった〉
――公然とうそをついていたということか？
〈そう思うなら、そう思ってもろうてもいいです。それに行かない、とは言っていないでしょう。巨人から１位指名されたら、と聞かれましたが、僕はそれは清原君でしょうと言ったはずです〉
（中略）
――清原君との仲は
〈三年間、一緒にやってきたし、仲も悪くない。話もしているし、学校でも遊んでいます〉
――家族からは何か
〈最後は自分で決めなさいと言われた。このことは両親も知っています〉
――巨人を逆指名しなかったのはなぜか？
〈分からない…〉
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王監督から紙面を通して「努力」と書かれた直筆の色紙を渡されるなどした清原は「巨人に指名されたい」と屈託なく語れたが、早大進学が既定路線のように語られた桑田は退部届も出していなかったため、おのずと桑田が報道陣と接触する機会もなかった。桑田の胸の奥底にある本音が、公になる機会がなかった。
世にいわれていた「密約」と関係なく、野球が好きで純粋に野球に打ち込んできた泰次さんの価値観の最上位が「巨人の１位」ということだった。そしてその価値観は、息子・真澄にも受け継がれ、桑田は自分の気持ちに正直に進路を選んだ、と私はみている。
半世紀を超える長いドラフトの歴史の中で、巨人に１位指名されながら入団しなかったのは1973年に１位指名された愛知学院大出身の小林秀一氏のみ。その後、巨人以外の球団から指名された元木大介内野手や菅野智之投手が浪人を経て巨人入りしたこと、大谷翔平のようにメジャーで二刀流で活躍している姿が日常的になったとしても、球界の盟主の人気や「１位」の重みは、今も大きく変わっていないように思う。
泰次さんに関しては後日談がある。そして、その事実ゆえに私は桑田氏と巨人との間で密約など間違えてもなかった、と確信している。それは桑田が巨人に入団した１年半後の1987年の夏の甲子園。PL学園は立浪和義現中日監督や片岡篤史・同二軍監督らの活躍で優勝したが、当時近鉄バファローズの担当記者だった私は、PL学園の父兄がいる宿舎に取材でなく訪れた。そして、ベンチ入りしていた桑田の弟・泉さんの父兄として来ていた泰次さんと再会した。泰次さんは私のことをはっきり覚えてくれていた。
「よう来てくれたなあ。巨人の１位、あれでよかったんよ」
世間では泰次さんと巨人の「密約説」が拭えておらず、私を含めた報道陣に対する警戒心を持っているのではないか、という一抹の不安があった。しかし目が合って泰次さんの屈託のない笑顔を見た瞬間、そんな不安は吹き飛んだ。
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「あれでよかった」とはどういうことなのか…。桑田は入団１年目こそ２勝に終わったが２年目の1987年は７月にプロ初完封をあげるなど安定した活躍を見せ、結局15勝をあげ、巨人にリーグ優勝をもたらす立役者となった。余談だが、巨人はこの年、主軸のひとりに清原がいた西武と日本シリーズを戦い、敗れた。その際、あとアウトひとつで西武が日本一となった時点で、一塁守備位置にいた清原が涙を流したシーンを覚えているオールドファンも多いのではないだろうか。
泰次さんは2010年に火災に巻き込まれて亡くなっている。しかし、その時まで静岡県浜松市で自ら少年野球のチームを結成し、教えていたという。野球が好きで好きでたまらず、少年とともに取りつかれたように白球を追った泰次さんにとって、巨人は当時の野球界の最高峰だった。その野球界の盟主から指名を受けた重みやありがたさに対して「ウソ」をつけなかったのではないか。それを息子も引き継いだだけだったのではないか。37年経過しても、私の胸の中で変わらず抱き続ける「密約はなかった」という説は、間違っているのだろうか。
今年も、身長171㎝と上背はないがパワーは超高校級といわれ、巨人が12球団で最初に１位指名を公表した高松商業・浅野翔吾や、甲子園での活躍が認められて「強打の捕手」として注目度が急上昇中の大阪桐蔭・松尾汐恩など、多くの有望な高校生たちの指名が予想される。どの球団に行くことになったとしても、彼らの今後の野球人生が輝かしいものになるような、そんなドラフトになってほしいと願っている。（文中敬称略）
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ドラフト会議直後の清原和博（写真：共同通信）
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<figure id="attachment_270359" aria-describedby="caption-attachment-270359" style="width: 644px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="1c31b4c4"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/1987102600021.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270359" class="wp-caption-text">プロ入り２年目の1987年。桑田がいる巨人との日本シリーズで清原は大活躍。第２戦で３ランホームランを放ち、バンザイ（写真：共同通信）</figcaption></figure>
<figure id="attachment_270360" aria-describedby="caption-attachment-270360" style="width: 1024px" class="wp-caption alignnone"><a href="#" data-ident_hash="2b3c1e3e"><img src="https://res.cloudinary.com/fridaydigital/image/private/t_article_image/wpmedia/2022/10/2016020600236.jpg" alt=""></a><figcaption id="caption-attachment-270360" class="wp-caption-text">1997年に巨人で再びチームメートとなった桑田（左）と清原は同年４月、ともに活躍し、２人でお立ち台にあがった（写真：共同通信）</figcaption></figure>

元デイリースポーツ新聞社、時事通信社記者

谷川俊規

高校３年だった1985年夏、甲子園を沸かせたＰＬ学園高校野球部の清原と桑田（右）。３か月後のドラフトは「事件」とまで言われた（写真：共同通信） プロ野球ドラフト会議は20日に東京都内で行われる。大学生

「密約はなかった」桑田真澄の父を追い続けた番記者の回想

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