「浅草おかみさん会」が”海老蔵優遇”で松竹に大激怒している理由 | FRIDAYデジタル

「浅草おかみさん会」が”海老蔵優遇”で松竹に大激怒している理由

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歌舞伎復帰を果たしたものの、松竹と『浅草おかみさん会』の狭間で針の筵の香川照之
歌舞伎復帰を果たしたものの、松竹と『浅草おかみさん会』の狭間で針の筵の香川照之

11月7日、歌舞伎座で十三代目市川團十郎白猿の襲名披露興行が始まった。その『十二月大歌舞伎』で復帰することが急遽決まった市川中車こと、香川照之(56)。だが、実は10月31日に行われた『顔寄せ手打ち式』で舞台復帰を果たしていた。

「騒動以後、初めて公の場に出たわけですが、舞台の上にズラリと居並ぶ役者さんの一番後ろで、目立たぬよう小さくなっていました。お顔を久しぶりに拝見しましたが元気はなかったですね。憔悴し切った感じでした」(松竹関係者)

『顔寄せ手打ち式』とは、興行が行われる前に、全ての出演俳優と舞台関係者が一同に集い、上演される狂言名題、演目が披露されるもので、江戸時代から続く歌舞伎における大切な儀式である。舞台の端から端まで、俳優96名と興行主らが並ぶので、香川の存在に気づかなかった観客がほとんどだろう。香川にとって、晴れて復帰となった舞台だが、居並ぶ重鎮たちに顔向けできないという思いが、“小さく”させていたことは容易に想像できる。だが、実はもう一つ、小さくならざるを得ない理由があった。

この復帰を決めた松竹に対し、『浅草おかみさん会』が大激怒しているというのだ。

「実は、コロナ禍で3年ぶりの開催となった来年1月上演の『新春浅草歌舞伎2023』に香川を出演させてほしいと『浅草おかみさん会』(以下おかみさん会)が松竹にお願いしていたんです。しかし松竹は、『時期尚早』と、出演を拒否。おかみさん会は嘆願書まで出したそうです。それでも、松竹は首を縦に振りませんでした。

そのあとです。松竹は海老蔵の鶴の一声で香川の『十二月歌舞伎』出演を決めてしまった。おかみさん会はそんな松竹の対応に大激怒。結果的におかみさん会に不義理をした形になってしまった香川は、小さくならざるを得なかったんでしょう」(梨園関係者)

『浅草おかみさん会』とは、浅草を盛り上げようと昭和42年に発足した協同組合だ。浅草の伝統、発展のために浅草のだんな衆の商売を支えるだけでなく、自分たちも貢献しようという目的で、浅草仲見世老舗四代目の冨永照子さんが発起人となって結成された。これまで日本初の『2階建てロンドンバス』を取り入れ、『浅草サンバカーニバル』を考案したことでも知られる。若手歌舞伎役者の登竜門となる『新春浅草歌舞伎』を手厚く後援してきたことでも知られ、歌舞伎界との関係も深い。

冨永照子さんは次のように憤る。

「そもそも香川さんの問題は3年前に示談で解決しています。社会的制裁も十分に受けたでしょう。彼は十分に反省もしているし、稽古も一生懸命にやっていました。ですので、年明けの浅草歌舞伎は、復帰するのに最高の舞台だと思ったんです。若手の役者さんが中心ですので、香川さんが『上置き』(若手が中心の舞台の場合、座長的な役割を果たす年長の役者のこと)として、しっかりと口上を述べることで、お客さまやご贔屓さまにきちんとご挨拶もできます。

しかし、松竹は絶対にダメだと。それなのに、十二月公演に突如出演が決まったって…。どう考えてもおかしいでしょう。香川さん、『顔寄せ』では後ろの方で、申し訳なさそうに座っていましたよ。お客さまも誰も気が付かなかったでしょう。あの復帰の仕方はあまりにかわいそうです」

歌舞伎の大名跡・市川團十郎の要求なのだから、松竹としては“海老蔵優遇”をせざるを得なかったのかもしれない。だが、関係の深いおかみさん会の要望を突っぱねたことによって、双方に深い溝ができたことは間違いない。

香川、海老蔵の二人が歌舞伎界に巻き起こしている“混乱”は当分収まりそうにない。

歌舞伎の大名跡、市川團十郎の鶴の一声には絶対的威力が備わっているということなのか…
歌舞伎の大名跡、市川團十郎の鶴の一声には絶対的威力が備わっているということなのか…
  • 写真Pasya/アフロ、蓮尾真司

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