寅さんは贅沢な男!? 『男はつらいよ』を3倍楽しむ深掘り辞典

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国民的人気を誇る映画『男はつらいよ』シリーズが生まれて50年。“寅さん”こと車寅次郎の存在は、時代が令和となっても、ある種の憧れと親しみを込めて語り継がれている。渥美清がこの世を去り、新作はもう望むべくもないと思っていたが、この度、第50作となる映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』が完成、登場人物たちの“今”が描かれるという。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』  ©2019 松竹株式会社 12 月 27 日(金)全国ロードショー

映画の公開にあたり、『男はつらいよ』の魅力を知り尽くし数々のコラムを発表、この度2冊の寅さん本を上梓した娯楽映画研究家・佐藤利明氏に、知っているようで知らない寅さんトリビアを寄稿してもらった。

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1 寅さんの故郷が柴又になったのは?

第29作『寅次郎あじさいの恋』の冒頭、長野県の木崎湖で画家(田口精一)から「どこなんだ。君の故郷は?」と問われ「東京は葛飾柴又、江戸川のほとりよ」と誇らしげに答えるシーンがある。寅さんといえば柴又だが、ではなぜ、寅さんの故郷が葛飾柴又になったのか?

1962年秋、町工場を舞台にした『下町の太陽』(1963年)のシナリオを執筆するにあたって、山田洋次監督は作家の早乙女勝元に相談。葛飾区新宿に住んでいた早乙女宅に通っていた。ある日、早乙女が山田監督に「面白いところに案内する」と昼食に案内したのが、ほど近い柴又帝釈天門前だった。そこで帝釈天の佇まい、江戸風情が残る門前町に感慨を覚え、参道の団子屋・高木屋老舗を訪ねた。それが山田監督と柴又の出会いだった。

それから7年後、フジテレビの小林俊一プロデューサーから、渥美清主演のドラマ『男はつらいよ』の脚本と監修を依頼された山田監督は、スタッフとシナリオハンティングに出かけた。主人公・車寅次郎は東京下町の門前町の「団子屋の跡取り息子」という設定。西新井大師、深川不動、入谷鬼子母神などが候補に上がっていたが、高度経済成長時代、東京の街は騒然としていて、どれもイメージ通りではない。そこで、山田監督たちは、山本周五郎の「青べか物語」の舞台、千葉県浦安市に向かった。しかし、すでに埋め立てが進行していて、ドラマのイメージではなかった。その時「ちょっと柴又へ行ってみようか?」と一行は柴又に向かった。

この時山田監督が再会したのが、『下町の太陽』のときに早乙女勝元に案内された柴又帝釈天と、江戸川の光景だった。こうして「寅さんの故郷」は葛飾柴又となったのである。

2 「ご苦労さん」で始まり「ご苦労様でした」で終わる

第1作『男はつらいよ』は、16歳で家出をした寅さんが20年ぶりに故郷・葛飾柴又に帰ってくることから始まる。そこで夢にまで見た(厳密にはその後、繰り返し夢に見る)腹違いの妹・さくら(倍賞千恵子)と感動の再会を果たす。幼くして両親を失い、叔父夫婦のもとで育ったさくらには、ことばに尽くせぬ苦労があったに違いない。突然の再会に驚いたさくらは「生きてたの?」。感無量の寅さんは「苦労かけたなぁ、ご苦労さん」と、精一杯の気持ちを伝える。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』  ©2019 松竹株式会社 12 月 27 日(金)全国ロードショー

そこから、寅さんとさくらの、長い「あにいもうと」の物語が始まった。

それから26年、最終作となった第48作『寅次郎紅の花』のラストで、神戸市長田区を訪ねる。かつてこの地で阪神・淡路大震災に遭い、ボランティア活動をしていた寅さん。旧知の人々と再会して「苦労したんだなぁ、本当に皆さんご苦労様でした」と声をかける。これがフィルムに収められた最後の「寅さんのことば」となった。これは第1作で、さくらへの「苦労かけたなぁ、ご苦労さん」と同じである。

『男はつらいよ』は、いくつもの「ご苦労様」「ご苦労さん」に彩られている。これは渥美清さんにある感覚だと山田監督から聞いたことがあるが、なるほど寅さんは、どんな時も優しく「ご苦労さん」と声をかけている。何もしてやれないけど、労をねぎらうことができる。寅さんは心優しき人なのである。

3 新幹線・飛行機、一切ダメ

映画『男はつらいよ』シリーズは1969年から1995年、つまり昭和44年から平成7年にかけての26年間に48作品作られ「国民的映画シリーズ」と呼ばれていた。「旅というものはな、行き先を決めてから出かけるもんじゃねえんだよ」がポリシーの寅さんは、飛行機にも新幹線にも乗りません。その理由は「高いところが怖い」「あんまり早すぎで目がまわっちゃう」から。第25作『寅次郎ハイビスカスの花』で、沖縄で倒れたリリーから「寅さんに逢いたい」と手紙を受け取ったものの、飛行機で行くことだけは頑なに拒否。羽田空港で、義弟・博(前田吟)が最後の説得をしても無理となったそのとき、客室乗務員の女性たちを見て豹変。結果的には飛行機で那覇へ。やがてリリー(浅丘ルリ子)との灼熱の恋へと発展、シリーズ屈指の傑作となった。

この時の帰路は、お金を持たずに船で島伝いに本土へと戻って来たが、もう1回、いやもう1往復飛行機に乗ったのが、第41作『寅次郎心の旅路』でのウィーン行き。この時はオランダ経由だったので、寅さんは旅の人生で往路復路合わせて5回、飛行機に乗ったことになる。

どんなに急ぎの旅でも、せいぜい「急行」の寅さんが新幹線に乗ったのも、映像に残っているのは第35作『寅次郎恋愛塾』のときのみ。突然、故郷の秋田県鹿角に帰ってしまった失恋青年・民夫(平田満)の身を案じて、マドンナ若菜(樋口可南子)たちと東北新幹線に乗車している。後は台詞で匂わしている回もあるが、テレビ版『男はつらいよ』第1話(1968年10月3日放送)の冒頭は、新幹線の映像から始まる。続いて東京駅のトイレで、周りの迷惑顧みずに洗面所で歯を磨いている寅さんの姿で、新幹線に乗って20年ぶりの帰郷を果たしたことがわかる。

4 寅さんのソウルフード

好き嫌いがはっきりしている寅さんが一番好きなおかずが、おばちゃん(三崎千恵子)が作ってくれる「お芋の煮っ転がし」。寅さんの少年時代を描いた山田洋次作『悪童 小説 寅次郎の告白』(講談社)のテレビドラマ化『少年寅次郎』の中でも、育ての母・光子(井上真央)が作ってくれる「お芋の煮っ転がし」や「がんもどきの煮たの」が登場した。どんな不機嫌な時でも、これがお膳に上ればご満悦で、第19作『寅次郎と殿様』で、鯉のぼりをめぐるひと騒動の後、おばちゃんが寅さんの機嫌を直そうと「お芋の煮っ転がし」を腕によりをかけて作る。

第20作『寅次郎頑張れ!』の「寅さんの夢」で、寅さんの実家は、長年の苦労が実って大金持ちとなる。寅さんの考える上流階級となった一家。ゴージャスな衣裳のおばちゃんが、メイド(岡本茉利)に「寅ちゃんの好きなお芋の煮っ転がしは作りましたか?」と上品に聞くシーンがおかしく、メイドは「はい、がんもどきの煮たの、も」と答えたところで映画館に大きな笑いがあふれた。

撮影のためにセットの食卓に並ぶ「おばちゃん手作りの惣菜」は、備後屋役でもお馴染みの装飾・小道具の露木幸次のお母さんが毎回準備していたという。

5 理想の朝食

第26作『寅次郎かもめ歌』で、諏訪さくら夫婦は念願のマイホームを購入。その後の作品ではしばしば諏訪家の朝食シーンが登場。満男がまだ小学生の頃からトースト、サラダ、コーヒー、ミルクと洋食中心のメニューだが、第34作『寅次郎真実一路』で一度だけ酔った寅さんが泊まった翌朝は、寅さんのためにさくらが味噌汁を作ったことも。

ビジネスホテルは嫌いで、懐に余裕がある時は、なるべく日本旅館に泊まっている寅さんには、朝食へのこだわりがある。第5作『望郷篇』で「贅沢は言わないから」とおばちゃんにこんな朝食メニューをリクエスト。「温かい味噌汁、お新香、海苔、たらこ一腹、芥子の効いた納豆。これにはね、生ネギを細かく刻んでタップリと入れてくれよ」。さらに「塩昆布に、生卵」と追加トッピングまで!

第13作『寅次郎恋やつれ』で、島根県温泉津の旅館の番頭をしていた寅さんが柴又に帰って、旅館の朝ごはんを語るシーンも見事です。「さっきまで 生きていたイカの刺身、こんなどんぶり山盛りだ。 生姜をパラッとかけて、醤油をツルツルッとたらし、 一気にパァーッと食っちまう。あとは鯵のたたきに新鮮な卵……」 と、寅さんの一人語りで再現される旅館の朝。おばちゃんが寅さんのことを「贅沢な男でして」と例えた頃があるが、まさしく贅沢な朝ごはんである。

6 柴又は寅さんテーマパーク

週末になると京成電鉄・金町線の柴又駅から多くの「寅さん」ファンが降り立つ。「何か困ったことがあったら、柴又の団子屋を訪ねるといいよ」と優しく声をかけてもらったマドンナや登場人物の気分でーー。門前には映画でお馴染みの草団子の「高木屋老舗」や、天丼の「大和家」、第3作『フーテンの寅』で寅さんがお見合いをした川魚料理の「川千家」などが軒を連ねる。

テレビ版スタッフが、寅さんの実家の団子屋の間取りの参考にしたのが、1968年当時、木造平家だった団子の「亀家」の旧店舗。「亀家」の2階にはその時の間取りがわかるミニチュアが展示されている。

帝釈天題経寺には、映画のタイトルバックで「原作・監督 山田洋次」とタイトルが出る、1896(明治29)年に建立した総欅造の二天門が立ち、左手には源ちゃん(佐藤蛾次郎)が鐘を撞く鐘楼、正面には、御前様がお勤めをしている帝釈堂が建っている。本堂は向かって右側にある。

帝釈天の裏手から江戸川堤を歩くと、左手には矢切の渡し、右手には桜の名所・柴又公園がある。ほどなく、葛飾柴又・寅さん記念館に到着。記念館には、松竹大船撮影所で実際に組まれていた「くるまや」のセットが移築されている。シリーズ後半の撮影が行われたセットに佇んでいると、映画の中に入り込んでしまったような心持ちになる。

7 ロケ地めぐりの愉しみ

また第29作『寅次郎あじさいの恋』で、人間国宝・加納作次郎(片岡仁左衛門)宅としてロケ場所に選ばれたのが、京都は五条坂にある河井寛次郎記念館。一部を除いて、松竹大船撮影所に組まれたセットを中心に撮影されたのだが、実際の記念館に行くと、映画そのままの雰囲気なので、スタッフの再現力の高さに感動する。

第48作『寅次郎紅の花』の冒頭、寅さんがトンボを捕まえようとする駅舎は、岡山県津山市のJR因美線・美作滝尾駅。戦前に作られた駅舎がそのまま残されていて、映画のシーンが目の前に広がる。

街並みそのものが映画を彷彿とさせてくれるのが、第8作『寅次郎恋歌』と第32作『口笛を吹く寅次郎』の舞台となった岡山県備中高梁市、第17作『寅次郎夕焼け小焼け』で寅さんがマドンナぼたん(太地喜和子)と出会った兵庫県たつの市。当時の撮影スタッフがどのアングルで街を撮影したのかを、検証するコアなファンも多い。

「一緒になるならリリーさんしかいないのよ」と思っていた、さくら(とファン)の願いが叶った第48作『寅次郎紅の花』で、リリーと寅さんが暮らしている、奄美群島・加計呂麻島の諸鈍にある「リリーの家」が、「伝統的・伝説的な建築と集落と文化」を次世代に伝えるための宿泊施設「伝泊」の宿として、宿泊できるようになった。ファンなら一度は泊まってみたい。

 

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映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』

『男はつらいよ お帰り 寅さん』  ©2019 松竹株式会社 12 月 27 日(金)全国ロードショー

小説家の満男(吉岡秀隆)は、中学三年生の娘と二人暮らし。最新著書の評判は良いが、次回作の執筆にはいまいち乗り気になれないモヤモヤした日々。なぜか夢の中には、初恋の人・イズミ(後藤久美子)が現れて悩みだす始末。そんな時、妻の七回忌の法要で柴又の実家を訪れた満男は、毋・さくら(倍賞千恵子)、父・博(前田吟)たちと昔話に花を咲かす。いつも自分の味方でいてくれた伯父・寅次郎(渥美清)との、騒々しくて楽しかった日々。あの寅さんへの想いが、蘇るーー

監督 山田洋次
出演 渥美清/倍賞千恵子、吉岡秀隆、後藤久美子、前田吟、池脇千鶴、夏木マリ、浅丘ルリ子、美保純、佐藤蛾次郎、桜田ひより、北山雅康、カンニング竹山、濱田マリ、出川哲朗、松野太紀、林家たま平、立川志らく
[男はつらいよ お帰り 寅さん 上映時間:115分 ]

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  • 佐藤利明

    娯楽映画研究家 1963年東京生まれ。構成作家・ラジオパーソナリティ。娯楽映画研究家として、ハナ肇とクレイジーキャッツ、「男はつらいよ」、エノケン・ロッパなどの昭和の喜劇人の魅力を、新聞連載やコラム、CDアルバム、映像ソフトのプロデュースを通して紹介を続ける、エンタテインメントの伝道師。「男はつらいよ」に関しては、文化放送「みんなの寅さん」の構成作家、パーソナリティ、CD「男はつらいよ 寅次郎音楽旅」「続・寅次郎音楽旅」「男はつらいよ×徳永英明 新・寅次郎音楽旅」、「寅次郎音楽旅・寅さんのことば」の企画、構成などを手がける。著書に、『寅さんのことば 風の吹くまま気の向くまま』(中日新聞社)、『クレイジー音楽大全』(シンコーミュージック)、『石原裕次郎 昭和太陽伝』『みんなの寅さん from1969』(アルファベータブックス)、『寅さんのことば 生きてる?そら結構だ』(幻冬舎)など多数。

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