23年ぶりの『男はつらいよ』が「映画の玉手箱」になった背景

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

当初、誰もが感じていたであろう懸念は、まったくの杞憂だった。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』は、一度でも『男はつらいよ』を観た人にとって、玉手箱、宝石箱のような映画に仕上がっている。そして、まったく観たことがない人にとっても、極上の入門篇となっている。

満男(吉岡秀隆)と結婚している、かと思われた及川泉はイズミ・ブルーナとなっていた! 後藤久美子が23年ぶりに女優復帰。  『男はつらいよ お帰り 寅さん』 ©2019 松竹株式会社

――とはいえ、当初、『男はつらいよ』が久々に復活する『お帰り 寅さん』の企画を聞いたとき、不安は大きかった。大人(というか中年!)になった満男(寅さんの妹さくらの息子)や、おなじみで健在の面々たちが登場するシーンは新たに撮影。亡くなった渥美清が演じてきた「寅さん」こと車寅次郎は、過去作の映像から一部が抽出されたり、過去49作品の名シーンが4Kに高画質化して織り込まれる……という。

「大丈夫なのか???」。果たしてそれで映画として成立するのだろうか。

映画冒頭、イズミちゃん(かつての国民的美少女:後藤久美子が久々に女優復帰。今作のマドンナ)がいきなり登場。だが様子がヘンだ。ああ、これは満男(吉岡秀隆)の夢か! そうだ、寅さんの夢から始まるのがシリーズのお約束だったが、今作は満男の夢(悪夢!?)なのか、と遅ればせながらに気づく。そして懐かしの書体で「男はつらいよ」と題名がドンと出て、同名主題歌(作詞:星野哲郎、作曲:山本直純)のイントロが流れる~。

「あれれ、渥美清って、こんな声だったっけ?」と戸惑うが、桑田佳祐が主題歌をカバーしているのだった。桑田の「ひとり紅白歌合戦」的な熱唱と扮装がオープニングを盛り上げつつ、桑田と寅さんの奇跡の”共演”シーンが出現する。

このシーン、試写を観ていた”寅さん永遠のマドンナ”のリリー役:浅丘ルリ子が、感激のあまり前の席に座っている山田洋次監督に抱きついた、というほどエモーショナルだ(一部の声に「主題歌は桑田佳祐じゃなくて渥美清が良かった!」というのがあるが、渥美バージョン、流れるに決まってます)。

シリーズ最多の5回のマドンナを務めたリリー(浅丘ルリ子)も登場する。 『男はつらいよ お帰り寅さん』 ©2019 松竹株式会社

もうこれで観客が『男はつらいよ』の世界に浸るセッティングは完了してしまう。鑑賞前の疑念・懸念は吹っ飛んで、ニコニコ微笑みながら、けれど涙が流れる、という状況が始まるのだ。

ところで19年夏に、ちょっとした”事件”があった。「コミックマーケット96」(8月開催)での寅さんのコスプレーヤーの写真が、「元ネタがわからないけど格好いい」という撮影者のコメントを添えてツイッター投稿されたのだ。すると若い世代がただちに反応して、「確かに格好いい」「面白い」などと拡散したのだが、これに対して大人(オヤジ?)の世代は「このコスプレが寅さんだと分からない世代がいるのか!」と、衝撃を受けたものだ。

寅さんの歴史を手短に振り返ろう。最初、『男はつらいよ』はテレビドラマとしてフジテレビで放送された(68年10月~69年3月)。原案・脚本は山田洋次、演出は小林俊一(田宮二郎版『白い巨塔』フジテレビ 78年6月~79年1月、のプロデューサー・総監督)。

「寅さんがハブにかまれて死ぬ」という衝撃のドラマ最終回は、ある世代には知られた話だ。視聴者からはクレームの電話が殺到し、この反響を受けて、半年足らずの69年8月に映画版『男がつらいよ』が制作・公開された。見事、大ヒットとなり続編が続々と制作・公開されてシリーズ化。気が付けば松竹の屋台骨を支えるドル箱映画(劇場観客動員数8,000万人、興行収入累計900億円)であるばかりか、お盆とお正月の風物詩とまでなっていた。おまけに「ひとりの俳優が演じたもっとも長い映画シリーズ」として『ギネスブック』の世界記録も保持している。

しかし1996年、渥美清が68歳で惜しくも亡くなり、前年の第48作『男はつらいよ 寅次郎紅の花』が遺作となってしまった。97年には追悼的な『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別篇』が制作・公開されたが、ここから数えても実に23年の時が流れ、第1作の公開から数えれば50年。「寅さん」の何たるかを知らない世代が増えるのも当たり前である。

会社員を辞め小説家となった満男(吉岡秀隆)だが、担当編集者(池脇千鶴)の依頼にも関わらず、次作の執筆に踏み出せないでいた。 『男はつらいよ お帰り 寅さん』 ©2019 松竹株式会社

もはや誰もが『男はつらいよ』の新作が作れる・作られる、とは思っていなかった。ただひとり、山田洋次監督だけが「『男はつらいよ』をよみがえらせることはできないか」と考えた。2015年の暮れのことだった。

だが、その山田監督自らが「それがどんなものになるのか見当がつかない」とも感じていた。監督はシリーズ全49作品、上映時間83時間超を何度も見返した。そこには赤ちゃんとして登場し、『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』(1981年)から吉岡秀隆が演じている満男の成長ストーリーが並走していた。シャイでナイーブで、女の子に対するダメっぷりなどは、明らかに寅次郎の遺伝子を継いでいる。

思春期から大人になって行く満男にとって寅さんという存在の大きさ、そしてイズミとの再会、これらを柱に構想が練りこまれていった。

やがて、俳優たちに監督からの出演打診があり構想が明かされた。誰もが復活を喜びつつ戸惑いもあった。監督でさえ感じていた「それがどんなものになるのか見当がつかない」状態である。

それでも準備は進み、出演者が集まっての脚本読み(ほんよみ)が始まった。部屋に設置されたスクリーンには、「ここには第何作のこのシーンが入ります」という具合で、編集で挿入される予定の過去作の映像が流された。これで出演者たちも概要はわかったものの、一体どんな出来栄えになるのか想像がつかない……。

完成した『お帰り 寅さん』と我々の世界とは、まったく同じに時間が流れている。満男は結婚して中学3年生の娘がいる。及川泉(後藤久美子)はイズミ・ブルーナとなっている。登場する人々(そして登場しない人々)と、舞台である柴又の様子は懐かしく、どこか寂しくもある。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』には、例えば『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲 』『ニュー・シネマ・パラダイス』を観たときに似たタイプの「感動成分」が大量に含まれている。「50年かけて作られた奇跡の映画」と自称しているが全くその通り。もう、どうしようも泣けるし、寅さんだから笑える。

50歳以上は文句なしに必見。初見の、それこそ寅さんのコスプレを見て「元ネタがわからないけど格好いい」という若い世代でも、寅さんのキャラクターと『男はつらいよ』の世界に浸れる。これを機にシリーズを観始めて寅さんの沼にハマってしまうかもしれない。

お正月映画戦線は後半戦に入った。11月22日公開『アナと雪の女王2』は公開31日で興収82億円超。12月20日公開の『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』は公開3日間で動員101万人、興収15億円を突破し、2本の外国映画(というかディズニー配給の映画)がヒット街道を爆走中だ。

一方、日本映画側は、東宝は『ルパン三世 THE FIRST』ほか、東映は『カツベン!』ほかをすでに公開しているが、松竹が年末ギリギリに放つ『男はつらいよ お帰り 寅さん』こそ、日本映画の大本命と言えるだろう。

諏訪さくらと博の息子・満男を演じる吉岡秀隆は『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズでも作家志望の青年を演じているが、昭和の作家と令和の作家は、だいぶ様子が異なる  『男はつらいよ お帰り寅さん』 ©2019 松竹株式会社
  • 羽鳥透

    1965年・東京都出身。エディター&ライター。

Photo Gallary4

share icon記事をシェアする

  • Facebook シェアボタン
  • Twitter シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事