ギター侍の栄枯盛衰『○○斬り!…残念』波田陽区のその後
流行語で振り返る平成
「流行語になった『〜〜って言うじゃない』という言葉は、初めからオネエ口調だったワケではないんです。’04年3月に出演した『エンタの神様』(日本テレビ系)で、それまで経験したことがないくらい多くのお客さんを前にして、緊張してつい出たモノなんですよ」
こう話すのは、ギター侍・波田陽区(43)だ。「○○斬り!…残念!!」と有名人をバッサリ斬るネタで、’04年の流行語大賞トップテン入りを果たした。
「当時は所属事務所で毎月ライブを開催していて、新しいネタを考えなければならなかったんです。ギター侍は、たまたま思いついたキャラクターでした。ただ『エンタの神様』に出てから明石家さんまさんがマネしてくれたおかげで、一気にブレイク。朝から晩まで5〜6番組をハシゴして、テレビ局のディレクターからは『共演する有名人を片っ端から斬ってくれ』と要求されました。自宅に帰る時間もないのでテレビ局近くのホテルに泊まり、共演者リストを見ながら1〜2時間の仮眠でネタを考える毎日でした。売れっ子になって調子に乗っていたと思います。たまの休みには高級寿司店で食事をしてからキャバクラに行き、一晩に30万円使ったこともあるんです。当時のあだ名は『石油王』。カネ使いの荒い成金という意味ですよ」
年が変わり’05年になると、仕事は一気に減ってしまう。
「一日の収録も1番組ぐらいになり、ギター侍のネタも『もう古い』と敬遠されるようになったんです。『オレの存在価値ってなんだろう。もうダメなのかな』と悩み、マブタが痙攣するストレス症状にみまわれました」
波田は40歳になったのを機に、妻の実家の熊本に近いことから福岡県に移住。そこで再ブレイクを果たす。
「転機となったのが、’16年のリオデジャネイロ五輪でした。卓球の水谷隼選手が銀メダルをとって、顔が波田陽区に似ていると話題になったんです。チャンスを逃す手はない。すぐに水谷選手と同じユニフォームを買い、『スマーッシュ!』と叫ぶネタを考えついたんです」
波田の現在の願いは、’20年の東京五輪で水谷が金メダルをとることだという。
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撮影:青沼修彦(上)写真:読売新聞/アフロ(下)