ギター侍の栄枯盛衰『○○斬り!…残念』波田陽区のその後 | FRIDAYデジタル

ギター侍の栄枯盛衰『○○斬り!…残念』波田陽区のその後

流行語で振り返る平成

  • Facebook シェアボタン
  • X(旧Twitter) シェアボタン
  • LINE シェアボタン
  • はてなブックマーク シェアボタン
山口県から上京した’98年に23歳でデビュー。流行語を受賞した’04年の最高月収は2400万円もあった
山口県から上京した’98年に23歳でデビュー。流行語を受賞した’04年の最高月収は2400万円もあった

「流行語になった『〜〜って言うじゃない』という言葉は、初めからオネエ口調だったワケではないんです。’04年3月に出演した『エンタの神様』(日本テレビ系)で、それまで経験したことがないくらい多くのお客さんを前にして、緊張してつい出たモノなんですよ」

こう話すのは、ギター侍・波田陽区(43)だ。「○○斬り!…残念!!」と有名人をバッサリ斬るネタで、’04年の流行語大賞トップテン入りを果たした。

「当時は所属事務所で毎月ライブを開催していて、新しいネタを考えなければならなかったんです。ギター侍は、たまたま思いついたキャラクターでした。ただ『エンタの神様』に出てから明石家さんまさんがマネしてくれたおかげで、一気にブレイク。朝から晩まで5〜6番組をハシゴして、テレビ局のディレクターからは『共演する有名人を片っ端から斬ってくれ』と要求されました。自宅に帰る時間もないのでテレビ局近くのホテルに泊まり、共演者リストを見ながら1〜2時間の仮眠でネタを考える毎日でした。売れっ子になって調子に乗っていたと思います。たまの休みには高級寿司店で食事をしてからキャバクラに行き、一晩に30万円使ったこともあるんです。当時のあだ名は『石油王』。カネ使いの荒い成金という意味ですよ」

年が変わり’05年になると、仕事は一気に減ってしまう。

「一日の収録も1番組ぐらいになり、ギター侍のネタも『もう古い』と敬遠されるようになったんです。『オレの存在価値ってなんだろう。もうダメなのかな』と悩み、マブタが痙攣するストレス症状にみまわれました」

波田は40歳になったのを機に、妻の実家の熊本に近いことから福岡県に移住。そこで再ブレイクを果たす。

「転機となったのが、’16年のリオデジャネイロ五輪でした。卓球の水谷隼選手が銀メダルをとって、顔が波田陽区に似ていると話題になったんです。チャンスを逃す手はない。すぐに水谷選手と同じユニフォームを買い、『スマーッシュ!』と叫ぶネタを考えついたんです」

波田の現在の願いは、’20年の東京五輪で水谷が金メダルをとることだという。

関連記事「流行語で振り返る平成」

スギちゃんの「ワイルドだろぉ」は不安から生まれた

”W杯”で注目 中津江村の元村長が振り返るカメルーン代表

「ウゴウゴ・ルーガ」小出由華 優しかったダチョウ俱楽部の思い出

「たらこ~たらこ~」で大人気!小学生アイドル「キグルミ」の今

森永卓郎が打ち明けた「野中広務と毒まんじゅう」

「ととのいました」のねづっち 謎かけ名人はユーチューバーに

  • 撮影青沼修彦(上)写真読売新聞/アフロ(下)

Photo Gallery2

FRIDAYの最新情報をGET!

Photo Selection

あなたへのおすすめ記事を写真から

関連記事