白蛇伝〜ホルス、小田部羊一が明かした「なつぞら時代」

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「ハイジ」「マルコ」のキャラクターデザイナー&作画監督が語った漫画映画の草創期

小田部:「今日改めて『白蛇伝』を観てね、またスゴさを観てしまった! という思いなんですよね。果たして『白蛇伝』を観て(アニメーションの世界)入った我々が、これを超えていくものを作れたんだろうか」

第11回京都ヒストリカ国際映画祭」のトークショーでの小田部羊一氏  撮影:菊地弘一

日本初のカラー長編漫画映画『白蛇伝』が「第11回京都ヒストリカ国際映画祭」(2019年10月26日~11月4日)で上映され、トークイベントに登壇したアニメーターでキャラクターデザイナーの小田部羊一氏は、こう感慨深げに語った(10月27日)。

『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』の書影(右は帯つき)。カバーイラストは小田部羊一氏描き下ろし。著:小田部羊一 聞き手:藤田健次

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小田部氏は次項のプロフィールでご覧いただく通り、アニメーション業界とゲーム業界とで、誰もが知る華々しい業績を誇る偉大な才能である。また、日本の漫画映画の草創期を描いた朝ドラ『なつぞら』では「アニメーション時代考証」を務め、奥さんのアニメーター奥山玲子さんはヒロイン奥原なつ(広瀬すず)のヒント、モチーフとなったことでも知られる。ちなみに『なつぞら』は「なつぞらSP 秋の大収穫祭」と銘打って、スピンオフドラマ2本を中心に反響の多かったシーンや未公開映像も交えた特番が放送される(NHK BSプレミアム 11月2日午後7:00〜8:59)。

小田部羊一(こたべ よういち)プロフィール

1936年台湾台北市生まれ。1959年、東京藝術大学美術学部日本画科卒業後、東映動画株式会社(現:東映アニメーション)へ入社。『わんぱく王子の大蛇退治』(1963)『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)『長靴をはいた猫』(1969)『どうぶつ宝島』(1971)などの劇場長編映画で活躍。『空飛ぶゆうれい船』(1969)で初の劇場作品作画監督。東映動画退社後、高畑勲、宮崎駿と共にメインスタッフとして『パンダコパンダ』(1972)『アルプスの少女ハイジ』(1974)『母をたずねて三千里』(1976)のキャラクターデザイン・作画監督を担当。
その他劇場作品の『龍の子太郎』(1979)、『じゃりン子チエ 劇場版』(1981)でキャラクターデザイン・作画監督。
1985年、開発アドバイザーとして任天堂(株)に入社。「スーパーマリオブラザーズ」「ポケットモンスター」シリーズなどのキャラクターデザインおよびアニメーション映像の監修。2007年任天堂退社後フリー。2015年度第19回文化庁メディア 芸術祭で功労賞を受賞。

東映動画への入社を決意させた『白蛇伝』との出会い

小田部氏は、トークショーでルーツや漫画映画~アニメーションとの出会いを振り返る。いわば自らのクリエーターとしての草創期、「なつぞら」時代を語った。

小田部:僕は台湾で生まれて育ちました。日本で戦時中に公開された『桃太郎の海鷲』という「戦争、勝つためにがんばれ」という(戦意高揚の)アニメーション映画を観て、ある動物のキャラクターに惹かれました。「なんてかわいいんだろう、なんだろうこの生きている感じは!?」と、そのキャラクターがずっと心に残りました。

戦後の娯楽がない時代には学校の映画鑑賞でディズニーの漫画映画『白雪姫』を観ました。色がついていて夢のような世界で素晴らしい長編アニメーションで「こういう世界に自分が入っていけたらなー」と、種からまだ芽にならないぐらいのアニメーションへの想いが僕の中で芽生えました。

だんだん勉強よりも漫画を見ることや描くことが好きになっていき、「よし、絵描きになるぞ!」と思い、大学(東京藝大)では日本画科に進学しました。卒業が近づき就職をしなければならない時期になり、その時に東映動画(現・東映アニメーション)で漫画映画の社員募集の広告があり心が動きました。最大のきっかけは『白蛇伝』でした。この映画の当時の広告は「総天然色長編漫画映画」というもので、今ではアニメーションは色がついているのは当たり前ですが、当時は色がついていることが本当に珍しく夢のようでワクワクするものでした。

東映動画での養成期間と初仕事

小田部:(東映動画での)養成期間の3ヵ月間は日動映画出身の熊川正雄さんが指導者となって、新人アニメーターに教えてくれるんですよね。そこで僕は初めて実際のアニメーションと接することになりました。熊川さんがあるキャラクターを描いたのです。1本の鉛筆で描く線だけでキャラクターの様々な質感を出して表現をしていくんですが、なんともチャーミングでした。僕が子供のころ楽しんでいたアニメーションはこの魅力的な線からできていたんだな、と嬉しくなりました。その後『少年猿飛佐助』の半ばぐらいから実作業に入り、最初に担当した動画は主人公がお城に忍術を使って忍び込むんですが、未熟さのあまりに、全身消えたつもりが上半身だけしか消えなくて下半身は残ったままお城に忍び込んでしまうシーンでした。下半身だけの動きだったものですから練習にはとても助かりました。

アニメーションのストーリーと現実がシンクロ

小田部:『太陽の王子 ホルスの大冒険』は、まず作画監督の大塚康生さんに(会社から)話が来たんですよね。「なにかやらないか?」と言われたときに、「やるんだったら高畑勲を監督に」と、そこで高畑監督になった。監督も「自分は何を作るべきか」と考えたときに、当時の時世や会社対創り手たちのやりとり…、やりとりなんて甘いもんじゃなくてストライキ、ロックアウトなんていう労働争議などもあったんですけども、そういう体験を通して我々仲間が団結しなきゃ会社には勝てない、この体験を生かしたものを作ろう。そういうことで生まれた作品でした。

高畑監督はみんなが持っているアイデアや想いをひとつにまとめるため、その時それぞれに出てきた問題点をガリ版刷りでスタッフに提案して共有し、その意見を取り込んでアニメーションを作ろうとしたんですよ。

我々スタッフも自分たちに問いかけられるもんですから一生懸命考えるし、アイデアを出す。そうやって作品に向いて行く力を高めてくれました。

アニメーター 真の意味での出発点

小田部:『ホルスの大冒険』での高畑監督は、悪魔と村の対決に加えて、悪魔と人間の心理状態など内部まで描こうとしたものですから、いろいろやることが大きかったです。動き一つにしてもなぜこの人物はこういうセリフを発しているのか、それに対する動きはどうすればいいのか、そこまで考えながら作る映画でしたのでとても大変でした。心の動きだけじゃなくて物ひとつにしても存在感や手触りできる質感まで表現しようという意気込みが大きかったんですよ。アニメーションの世界を一生懸命考えながらそれについていけた。本当の意味で僕のアニメーターとしての出発点だったと思っています。

NHK朝ドラ「なつぞら」でも『白蛇伝』らしきものや『ホルスの大冒険』らしきもののシーンがありましたね。あの時の苦労とか意気込みとかみんなの力の出し方とか、もっともっと描いて欲しかったですけど(笑)。

『ホルス』の次は気軽で楽しいランチのような作品づくり

小田部:『ホルスの大冒険』の次の作品は、監督と作画監督は会社によって決まっていて、作画監督の森康二さんがみんなを集めて話し合いを持ったんです。その時の森さんの話が面白かった。「みんなね、『ホルスの大冒険』でくたびれているでしょう? 例えばごちそうでいえば、もうねぇ、しつこいビフテキみたいなものを食べて、みんなお腹一杯じゃないですか。この次回作『長靴をはいた猫』はもっと気楽で楽しい、ご馳走でいえば軽いランチみたいなそんなものを作ろうよ」と言いました。『ホルスの大冒険』で疲れていたんですよ。その言葉で気持ちを軽くしてくれてみんな同調しました。みんなのいろんなアイデアに森さんは「いいね!いいね!」といって褒めていくんですよ。そうするとうれしくなってどんどん出していく。でも、ただ手放しじゃないんですよ、ちゃんとその材料を取り込んでまとめていく。みんなから出た力を手綱でもって絞っていく。森作画監督は“馬車の御者”タイプなんだなと。本当に面白い作品になりました。

「第11回京都ヒストリカ国際映画祭」のトークショーでの小田部羊一氏。プロデューサーの清水慎治東映アニメーション常務取締役(写真右)が満場の聴衆へ質問する  撮影:菊地弘一

一本の線に“命”を吹き込む

小田部氏のトークは終盤となり、そこで冒頭の言葉が飛び出した。

小田部:今日改めて『白蛇伝』を観てね、またスゴさを観てしまった! という思いなんですよね。果たして『白蛇伝』を観て(アニメーションの世界)入った我々が、これを超えていくものを作れたんだろうか。白娘(パイニャン)という女性のキャラクターがいましたね? 皆さんがどうお感じになったかわかりませんが、なんて艶っぽく動いてるんだろうと思うんです。宮﨑駿(監督)は僕より4歳下なんですけれども、彼も若い頃はこの『白蛇伝』を観て白娘に惚れたって書いているんですよ。

僕は惚れた覚えはないんですけども(笑)、やっぱりね、惚れるぐらいの魅力を一本の線に込めた“命”を描いてセルアニメーションで表現してきた。いま、アニメーションのスタイルも変わっているし、コンピューター時代にもなりました。若い方も創り手も観る方も、(一緒に)これからのアニメーションを創っていってくれるといいなと思っています。

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小田部氏のトークは、こうして終わった。

だが、氏の長い創造のヒストリーとプライベートに迫った書籍がある。『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』だ。惜しくも亡くなった妻・奥山玲子さんの業績と人柄や、東映動画を皮切りに、やがて任天堂へ入社してアニメ業界からゲーム業界へと歩んだ自らの歩みを詳しく語っている。

その内容はこうだ。

〔Part 1〕”アニメーター”奥山さんのこと…「動画」と「童画」を」勘違いしてアニメーションの世界へ/毎日違う服、挑む同僚たち/『太陽の王子ホルスの大冒険』中傷画と鬼山さん/奥山さんの聞くもの、創るもの

〔Part 2〕”夢の工場”東映動画のこと…日本画からアニメーションの世界へ/東映動画での会社生活/東映動画という学校/

〔Part 3〕”パートナー”ふたりのこと…ペラっと/ダンスがきっかけ/いつも奥山さんが後押し

〔Part 4〕”夫婦回顧”さらに、ふたりのこと…長い道のりのスタート/産休明けの母乳/『ハイジ』キャラクター誕生秘話と25年目のスイス旅行/ぎっくり腰と『母をたずねて三千里』/”羊”と”玲”であんていろーぷ/日本文化と日本画を積極的に取り入れた『龍の子太郎』/強いけど、弱くてかわいい奥山さん/東京から京都へ。そして今にして思うこと。

誰もが知っている作品の裏に刻まれた、おしどりアニメーターの創造と生活の舞台裏、興味は尽きない。

同、演出家たちの証言

・勝間田具治 『アンデルセン童話 にんぎょ姫』作画監督 奥山玲子との仕事…実写からアニメの世界へ/『アンデルセン童話 にんぎょ姫』、今明かされる実写パートの秘密/『にんぎょ姫』での作画監督の奥山さんとの共同作業/短い制作期間で見せた現場の意地/改めて思う、奥山さんとの仕事/勝間田さんから見た、小田部さんと奥山さん

・葛西治 『龍の子太郎』古巣に戻った夫婦を支えた東映動画スタッフ…『龍の子太郎』が動き出すとき/2人を迎え入れた「準備室」/はじめて語られる『龍の子太郎』メイキング/クリエイトコーナーと浦山監督/キャスティング秘話/葛西さんから見た、小田部さんと奥山さん

・池田宏 『空飛ぶゆうれい船』『どうぶつ宝島』からスーパーマリオの世界へ…はじめに/初めての出会いはアメノハヤコマ/お互い新人だった『空飛ぶゆうれい船』/アメリカ大使館で学んだ『ストーリーボード方式』/『どうぶつ宝島』から生まれた日本型アニメーションの「波」/池田さん、東映動画から任天堂へ/任天堂に小田部さんを呼んだワケ/奥山さんの本当にやりたかったこと/小田部さんの本当にやりたいこと

同、アニメーターたちの証言

・山下(中谷)恭子 寄稿「懐かしい奥山玲子さん」

・ひこねのりお 「妖しい踊りと結婚の告白」…「おめでとう」が出会いの言葉/奥山さんからの突然の告白/『わんぱく王子の大蛇退治』、そして東映動画の思い出/ひこね夫妻から見た、小田部さんと奥山さん

・宮崎(大田)朱美 「奥山さんから続く女性アニメーターの路」…大田朱美さんから見た、出来たての東映動画と奥山さん/職場の思い出/びっくりした小田部さんの仕事ぶり/『太陽の王子ホルスの大冒険』と労働問題/奥山さんの道をかきわけながら進んだ、共働き生活/アニメーターを辞めて家庭に/宮崎さんから見た小田部さんと奥山さん/奥山さんから続くもの、そして得たもの

【『漫画映画漂流記 おしどりアニメーター奥山玲子と小田部羊一』関連記事】

〔第1弾(4/1)〕朝ドラ『なつぞら』広瀬すずヒロインのヒント・奥山玲子さんの全て
〔第2弾(4/22:公開終了)〕小田部羊一氏と東映動画の「スゴい人々」

〔第3弾(6/10:公開終了)〕奥山玲子さん&小田部羊一夫妻「創作の日々」

〔第4弾(8/17)〕本当の最終回へ『なつぞら』のリアルとその後を小田部羊一氏が語る
〔第5弾(8/31)〕『なつぞら』の原点・奥山さんの親友が語る共働き・子育ての実像
〔第6弾(9/4)〕『なつぞら』原点 奥山玲子・小田部羊一夫妻は漫画映画を開拓した
〔第7弾(9/28)〕最終回『なつぞら』ヒントとなったおしどりアニメーターの開拓史

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