アカデミー賞3冠 観客が兵士に『1917』究極の没入感のヒミツ
9作品が作品賞にノミネートされ、賞争いの先頭を走っていた『1917 命をかけた伝令』と『パラサイト 半地下の家族』の激突は、『パラサイト 半地下の家族』は作品賞、国際長編映画賞、監督賞、脚本賞の4部門を獲得、一方、『1917』は音響編集賞、撮影賞、視覚効果賞の3部門を獲得した。

今年の映画賞、アカデミー賞を賑わせた『1917 命をかけた伝令』。挑戦的かつ映画人の執念が結集した映像作りの裏側に、映画ライターのSYO氏が迫った……。
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凄い映画だ。陳腐な表現だが、この作品を前にした者は皆、一様にこう語るのではないだろうか。それほどまでに『1917 命をかけた伝令』(2019年作品)は画期的だ。
目を見張るのは、何と言っても衝撃的な「全編ワンカット」。正確に言えば「全編ワンカット“風”」
本作のストーリーは極めて明快だ。映画が始まると、若い兵士2人が上官に呼ばれる。夜明けまでに、進軍中の部隊1600人の命を救う、とある指令を届けろ、という任務を与えられた2人は、敵の占領地に潜入してひた走るのだが……。つまり、制限時間内に目的地まで到着できるかどうか、のアクション映画だ。予備知識は全く要らず、誰が観ても理解できる。しかし、そこで繰り広げられる“事件”は、誰も観たことがない「未体験」の領域。ワンカットが創出する圧倒的な臨場感に、なぎ倒されるはずだ。

「ワンカット風撮影」の壮絶な舞台裏
この偉業を成し遂げたのは、『アメリカン・ビューティー』『007 スカイフォール』のオスカー監督サム・メンデスと『ブレードランナー 2049』でオスカーに輝いた撮影監督ロジャー・ディーキンス。第1次世界大戦を舞台にした本作はメンデス監督が祖父から聞いた実話を基にしており、最初から「ワンカットで撮影する」と決めていたという。その理由は、これまでにない没入感を生み出すためだ。
この映画の中で流れる時間は、短縮も引き延ばされることもない。1秒1秒が正確に刻まれる。つまり、「今、まさに起こっている」感が半端じゃないレベルで襲い掛かってくるのだ。映画は「時間の芸術」と呼ばれるほど過去も未来も妄想も現実も自由に「編集」できる点が特徴だが、それを敢えて捨て去ったときに残るのは、むき出しの生々しさと緊迫感。カットが分割されず続いている状態はリアリティが倍増し、観る者をスクリーンの中に引きずり込む。しかも、「いつ敵から攻撃されるか分からない」「一刻も早く目的地に到達しなければ、1600人の友軍が死ぬ」という危機的状況が加わり、一瞬たりとも安心させてくれない。
まさに「劇場で観るべき映画」である本作だが、驚かされるのは、撮影チームはVFXに出来る限り頼らず、多くをマンパワーで乗り切ったということだ。本作は、ほぼ全編が屋外シーン。撮影時には、風や日光、変化し続ける自然現象のすべてが“敵”として立ちはだかった。しかも屋外撮影では(リアリティを損なうこともあり)照明も設置できない。
完全に“天気任せ”の状況下で、それでも物語がすべて繋がっているように見せるためには「雲の動き1つでもズレたら不可」「太陽の位置が変わってもダメ」。そのため、丸1日撮影できない時もあれば、その日その瞬間の限られたタイミングで撮り切るのが命題だったという。「1回でOKテイクを出さなければならない」現場を鑑みるに、画面にみなぎる緊張感は、ある種当然なのかもしれない。
リハーサルは4ヵ月に及んだというが、本作の撮影期間はわずか65日間。日程的にも余剰はほとんどなく、制作スタッフは数年分の天気予報を研究して備えたという。最後は神頼みだったそうで、舞台裏のエピソードを聞けば聞くほど、もはや通常の映画製作の範疇を超えている。そうでもしなければ、完成しなかった作品ということだ。

主要スタッフのほとんどがアカデミー賞受賞者
しかもそれだけでなく、本作のカメラは絶えず動き回る。兵士が走ればカメラもついていき、時には追い越して待ち受け、滝つぼに飛び込むシーンでは一緒に飛び込む。にもかかわらず、ウェアラブルカメラで撮影したようにブレブレになることもない。「見やすさ」「安定感」を保ったまま、アクロバティックな動きを決める。
撮影は複数のカメラマンが入れ替わり立ち代わり、切れ目なく引き継ぎ続けることで乗り切ったというが、それにしたってここまでスムーズかつシームレスに、かつ明確な意思をもって躍動し続けるカメラは、神業としか言いようがない。
また本作は“音”も重要な役割を果たしており、主人公が塹壕を走るシーンでは、カメラマンと音声チームも並走したという。
ちなみに、ワンカットで撮られた各パートを完璧に繋いだのは、『ダンケルク』でアカデミー賞を受賞した編集マンのリー・スミスだ。こうして見てみると、監督、撮影監督、編集・美術・音楽といった各部署の責任者がオスカー受賞者か複数回ノミネート経験者。
ベテラン勢が一堂に会し、技術を結集させた挑戦作。面白くないわけはないだろう。ロジャー・ディーキンスは言う。「観客には、『本作はワンカットで撮影されている』と思いながら観てほしくはない。そんなことを忘れるくらい没入してほしい」と――。その想いは、間違いなく結実している。映画館では10年に1本レベルの“没入体験”が待っている。
▼『1917 命をかけた伝令』 スチールギャラリー▼






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文:SYO
映画ライター。1987年福井県生。東京学芸大学にて映像・演劇表現について学ぶ。大学卒業後、映画雑誌の編集プロダクション、映画情報サイトでの勤務を経て、映画ライターに。現在まで、インタビュー、レビュー記事、ニュース記事、コラム、イベントレポート、推薦コメント、トークイベント登壇等幅広く手がける。