『パラサイト』後の韓国映画界を待つのは「繁栄」か「衰退」か | FRIDAYデジタル

『パラサイト』後の韓国映画界を待つのは「繁栄」か「衰退」か

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「1台の車を売るより1本の映画を売ろう」

米国アカデミー賞で4冠に輝いた韓国映画『パラサイト 半地下の家族』の日本での興行収入がついに42億円を突破した。新型コロナウイルスの影響が懸念されるが、この勢いが続けば50億円に達する可能性もある。

かつて、日本におけるアジア映画といえば香港映画だった。

1980年代から1990年代にかけて大ブームを巻き起こした香港映画だが、1997年の中国返還後から徐々に失速する。制作サイドが中国による検閲を心配し、それまでのように自由に映画を作れなくなったのだ。さらにアジア通貨危機により香港映画界は経済的にも苦しくなっていく。

香港映画の衰退を横目に台頭してきたのが韓国映画だった。

映画『パラサイト 半地下の家族』(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED
映画『パラサイト 半地下の家族』(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

韓国もアジア通貨危機により経済に打撃を受け、ついには国際通貨基金(IMF)の管理下に入っている。だが、その直後に就任した金大中(キム・デジュン)大統領「文化大統領宣言」を機に韓国映画界は大きく変わる。

選挙時に「韓国映画界に助成する」という公約を掲げていた金大中氏は、大統領になると「1台の車を売るより1本の映画を売ろう」というスローガンを打ち出す。国策としてコンテンツ産業を推進し、韓国映画振興委員会に日本円で年間約150億円もの助成をしたのだ。映画人も養成し、ポン・ジュノ監督もその教育を受けた一人だった。

政府の助成を受けたエンターテインメント界はどんどん娯楽性の高い作品を生み出していく。

映画を売ることで「世界中に韓国という国を知ってもらおう」という政府の狙い通り、韓国映画は徐々に力をつけ、海外の映画祭で買われるようになった。
一方、日本映画はかつて黒澤明、小津安二郎監督といった巨匠がいたにもかかわらず、近年はスポンサーがものを言う製作委員会システムが定着して以来、急速に自滅した、と韓国のメディアは分析している。

勢いを増す韓国映画界は1999年に『シュリ』(カン・ジェギュ監督)を公開。南北の特殊部隊要員の攻防を描き、総制作費27億ウォン(当時のレートで約2億5800万円)をかけたアクション大作は韓国で600万人もの観客を動員。これに続き、2000年には『JSA』(パク・チャヌク監督)、2001年には『友へ チング』(クァク・キョンテク監督)が公開され、大成功を収める。

そして2003年に訪れたのが韓流ブームだ。

“韓流ブーム”のウラ側 日本での韓国映画興亡史

それまでも『八月のクリスマス』『シュリ』『JSA』『友へ チング』『猟奇的な彼女』といった韓国映画が日本でも公開されて人気を集めていたが、ドラマ『冬のソナタ』に始まる韓流ブームにより、韓国映画への注目度も高まる。日本で公開される本数も一気に増えた。

『パラサイト 半地下の家族』が公開されるまでの、日本における韓国映画の興行収入TOP5は以下の通りだ。

1.『私の頭の中の消しゴム』(2005年10月)30億円
2.『四月の雪』(2005年9月)27.5億円
3.『僕の彼女を紹介します』(2004年12月)20億円
4.『シュリ』(2000年1月)18億円
5.『ブラザーフッド』(2004年6月)15億円
※カッコ内は日本での公開時期

ちなみに、韓流ブームを巻き起こした“ヨン様”ことペ・ヨンジュン主演『スキャンダル』は2004年5月に日本で公開。興行収入は9億円だったが、DVDの売上枚数は13万枚。上記の『僕の彼女を紹介します』(11万枚)や『シュリ』(9万枚)よりも多い。

日本での興収TOP5は『シュリ』を除くと2004~2005年に公開された作品に集中する。まさに韓国映画のターニングポイントともいえる時期で、日本のマーケットを意識した作品が増えていく。

例えば、上記作品で韓国でもヒットしたものといえば『シュリ』と『ブラザーフッド』だ。どちらもその年の興収成績第1位に輝いている。『私の頭の中の消しゴム』もラブストーリーがヒットしづらい韓国で256万人を動員。

ところが『僕の彼女を紹介します』は国民的女優のチョン・ジヒョンが主演したわりには220万人にとどまっている。ペ・ヨンジュン主演の『四月の雪』はわずか80万人。日本の興行とは真逆の結果だった。

韓流ブームに乗って次から次へと韓国映画が日本に上陸するようになったが、いいこと尽くめではない。韓国映画の価格は次第に高騰し、作品性よりも“韓流スターありき”のキャスティングが重視され始めたのだ。

ペ・ヨンジュンイ・ビョンホンクォン・サンウといった人気俳優に始まり、K-POPブーム以降はアイドルも映画に起用されるようになった。内容の薄っぺらい映画まで日本で上映され、韓国ではこうした日本依存を懸念する声も聞かれた

目指すは世界! 日本依存からの脱却

日本の韓流ファン向けの映画が増えたとはいえ、『パラサイト』のポン・ジュノ監督のように最初から世界の映画界に目を向けていた監督も少なくない。そういう監督たちがいなかったら、韓国映画界もすでに自滅していたことだろう。

巨匠イム・グォンテク監督は100本以上の作品を制作し、韓流ブームのずっと以前から国際映画祭の常連となっている。日本でも公開された『風の丘を越えて 西便制(ソピョンジェ)(1993年)や『春香伝』(2000年)は海外の映画祭で最優秀監督賞や最優秀作品賞を受賞。『酔画仙』(2002年)ではカンヌ国際映画祭で監督賞を獲得した初の韓国人監督となった。

どの作品も日本ではほとんど話題にならなかったが、韓国内はもちろん国際的な評価も高い監督といえる。

『酔画仙』のイム・グォンテク監督。『パンチ・ドランク・ラブ』のポール・トーマス・アンダーソン監督と共に「第55回カンヌ映画祭」(02年5月26日)で監督賞を受賞。  写真:ロイター/アフロ
『酔画仙』のイム・グォンテク監督。『パンチ・ドランク・ラブ』のポール・トーマス・アンダーソン監督と共に「第55回カンヌ映画祭」(02年5月26日)で監督賞を受賞。  写真:ロイター/アフロ

独自の世界観をもつホン・サンス監督も1996年公開の『豚が井戸に落ちた日』から国際映画祭の常連となり、注目度が高い。作品は韓国や日本で地味に公開され、爆発的なヒットにはならないが、コアなファンが少なくない。

日本にもファンの多いキム・ギドク監督は問題作を次々と公開し、いくつもの国際映画祭で賞を獲得。世界中に旋風を巻き起こしたポン・ジュノ監督の影に隠れてしまった感があるが、キム・ギドク監督は世界三大映画祭のすべてで受賞経験を持つ初めての韓国人監督だった。

ポン・ジュノ監督以外にも注目すべき監督はたくさんいる。韓国映画を見慣れていない方にはヘビーに感じられる作品もあると思うが、下記の3人の作品は日本でも公開されただけでなく、国際映画祭でも高く評価されている。

★パク・チャヌク監督
2000年に『JSA』で注目されたパク・チャヌク監督は、『復讐者に憐れみを』(2002年)、『オールド・ボーイ』(2003年)、『親切なクムジャさん』(2005年)と“復讐三部作”を完成させる。

特に日本の漫画が原作の『オールド・ボーイ』はカンヌ国際映画祭の審査員特別グランプリを受賞。2009年に『渇き』を公開するとハリウッドにも進出した。『お嬢さん』(2016年)は英国アカデミー賞の最優秀外国語作品賞を受賞し、日本ほか多くの国で公開された。

★イ・チャンドン監督
元教師で小説家出身のイ・チャンドン監督は、2000年1月1日0時という時間に合わせて『ペパーミント・キャンディー』を公開。ここから希望と絶望の20年が逆再生されていくというストーリーが韓国社会に衝撃を与えた。

2002年公開の『オアシス』では社会に適応できない前科者と重度障害者の恋を描き、ベネチア国際映画祭で最優秀監督賞を受賞。続く『シークレット・サンシャイン』(2007年)や『ポエトリー アグネスの詩』(2010年)でも弱者に対して優しく光を当てている。

★キム・ギドク監督
イ・チャンドン監督とはまったく対象的。『鰐 ワニ』(1996年)でデビューするが低予算映画が多く、韓国内での大ヒット作はない。ところが『春夏秋冬そして春』(2003年)や『うつせみ』(2004年)、『弓』(2005年)など独特の作風が海外の映画祭で注目を集めた。

『サマリア』(2004年)では援助交際する女子高生、『絶対の愛』(2006年)では整形した女性を独特の視点で容赦なく描く。『嘆きのピエタ』(2012年)はベネチア国際映画祭で最高賞(金獅子賞)を受賞した。ところが2018年、MeToo運動に巻き込まれ、韓国での創作活動を中断している。

「第68回ベルリン国際映画祭」(18年)に『人間、空間、時間、そして人間』を出品したキム・ギドク監督(中央)。日本では『人間の時間』のタイトルで公開(20年3月20日)。出演:藤井美菜(左)、オダギリジョー、チャン・グンソクほか   写真:AFP/アフロ
「第68回ベルリン国際映画祭」(18年)に『人間、空間、時間、そして人間』を出品したキム・ギドク監督(中央)。日本では『人間の時間』のタイトルで公開(20年3月20日)。出演:藤井美菜(左)、オダギリジョー、チャン・グンソクほか   写真:AFP/アフロ

「韓国」と「北朝鮮」2つの国家 韓国映画の特殊事情 1

韓国はまるで映画のようにドラマチックな国だ。ある日突然、朝鮮戦争が勃発し、南北分断という悲劇が起こった。人々はいきなり家族と生き別れるという、非現実的なことを経験したのだ。

朝鮮半島はそれ以来、同じ民族でありながら「韓国」と「北朝鮮」という2つの国家に分かれ、1953年から今に至るまで「休戦状態」が続いている。

両国が今もにらみ合っていることを日本人にも意識させたのはやはり『シュリ』だろう。ここで描かれる北朝鮮のスパイは冷酷非道。残忍なテロを実行しようとする脅威の存在だ。

ところが続く『JSA』になると描き方がかなり変わる。北朝鮮兵士も韓国軍兵士と変わらない人間的な存在となり、まさに韓国映画のタブーを破ったともいえる。以後、北朝鮮との融和ムードを反映するかのような映画も制作されるように。脱北者という存在が登場するのも韓国映画ならではだろう。

一方、かつて北朝鮮が担っていた悪役キャラはいまや日本人に置き換えられている。毎年のように夏に公開される抗日映画は季節の風物詩ともいえる。

「百済」と「新羅」に遡る地域対立 韓国映画の特殊事情 2

対立構造といえば、相手は何も北朝鮮や日本ばかりではない。韓国国内にも「全羅道(チョルラド)」と「慶尚道(キョンサンド)という東西の地域対立がある。その歴史は百済と新羅にまでさかのぼるという。

21世紀の今はそうした意識が薄れているが、韓国の近代史を描くにあたり配慮している映画もある。

激動の時代、一家の家長として家族を守り抜いた男の一代記を描いた『国際市場で逢いましょう』は2014年に韓国で公開され、1,400万人の観客を動員する大ヒット作となった。

主人公ドクスは慶尚南道に位置する釜山に住み、生き別れた父親の帰りを待ち続ける。この作品には実在する著名人が数々登場するが、劇中では釜山出身で国民的スターとなった羅勲児(ナ・フナ)の歌が流れる。

だが、全羅道に対する配慮も忘れていない。羅勲児のライバルで、全羅道出身の歌手・南珍(ナム・ジン)もしっかり登場させているのだ。しかも、ただ登場させるだけでなく、主人公ドクスと深い縁を持たせており、全羅道の人々も誇らしく思えるシーンとなっている。

結果的に映画は大ヒットしたが、実は公開前から韓国では“保守的”と批判する声もあり、論争となっていた。

朴槿惠(パク・クネ)前大統領時代に公開された『国際市場で逢いましょう』は激動の時代を描いているにも関わらず、国内で起きた軍事政権による弾圧や民主化運動には一切触れていないからだ。

“家族の物語”を描きたかった監督があえて政治的な色を排除したのだが、韓国人にとっては重要な史実。この史実描写のバランスをめぐって保守政党とリベラル政党それぞれの支持層の間で葛藤が生まれたのだ。日本で似たような映画が制作されたとしても、そんな論争が起きることはまずないだろう。

――南北の対立、国内の地域性、民族性。それらの特徴を活かしつつ韓国映画は発展し、『パラサイト』のアカデミー賞4冠にたどり着いた。だが、日本とはまったく違う韓国社会において、映画制作は次第に難しくなっているとポン・ジュノ監督はアカデミー賞後の記者会見で指摘している。

今、韓国では年間700本の映画が制作されているが、自分の思い通りに作品を作れる監督は思いのほか少ない。投資金を回収するためスポンサーが作品内容に干渉し、特に若い監督が冒険的な試みをするのは難しくなっているという。

これに対し、ポン・ジュノ監督は「いまだ私たちは香港映画がどのように衰退していったのかを鮮明に記憶している。だからこそ冒険を恐れてはならない」と強調した。

さらなる繁栄か、それとも衰退か。
躍動する韓国映画界は果たしてどんな道をたどるのだろうか。

脚本賞のプレゼンター:キアヌ・リーブスとポン・ジュノ監督。「第92回アカデミー賞」(20年2月9日)では『パラサイト』が作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4冠。 提供:RICHARD HARBAUGH/A.M.P.A.S/AFP/アフロ
脚本賞のプレゼンター:キアヌ・リーブスとポン・ジュノ監督。「第92回アカデミー賞」(20年2月9日)では『パラサイト』が作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞の4冠。 提供:RICHARD HARBAUGH/A.M.P.A.S/AFP/アフロ

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  • 児玉愛子

    (ライター)韓流エンタメ誌、ガイドブック等の企画、取材、執筆を行う韓国ウォッチャー。新聞や韓国旅行サイトで韓国映画を紹介するほか、日韓関係についてのコラムも寄稿。

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